Grade II、III神経膠腫のMRIから深層学習で画像の特徴を抽出
大阪大学は1月6日、悪性脳腫瘍の神経膠腫(Grade II、III)のMRIから、深層学習を用いて画像の特徴を抽出し、脳腫瘍の治療法や予後を決める遺伝子変異の有無を推定することに成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科脳神経外科学の福間良平特任助教(常勤)、高等共創研究院の栁澤琢史教授、大学院医学系研究科脳神経外科の木下学講師、大学院医学系研究科脳神経外科の貴島晴彦教授、脳情報通信融合研究センターの篠崎隆志研究員、国立がんセンター中央病院の成田善孝科長、大阪医療センターの金村米博部長らの研究グループによるもの。研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に掲載された。
画像はリリースより
悪性脳腫瘍である神経膠腫の悪性度は、Grade I~IVの4段階。IVは予後が大変悪く、Iは比較的長期間安定した状態を維持できる。その一方で、Grade II、IIIの神経膠腫は予後のばらつきが大きく、いくつかの遺伝子変異の影響を受けていることが明らかになっている。特に、「IDH」と「pTERT」と呼ばれる遺伝子変異の有無は、治療予後に大きく影響することがわかっている。つまり、IDHとpTERT両方に変異がある場合、IDHに変異がありpTERTに変異がない場合、どちらも変異がない場合の順に予後が悪くなることが想定できる。そのため、これらの遺伝子情報は脳腫瘍の治療において、とても重要だ。
専門医でもMRI画像から遺伝子変異の有無推測が困難なGrade II、III神経膠腫
脳腫瘍の遺伝情報を得るためには、手術で脳腫瘍の一部を採取する必要がある。MRIなどの非侵襲的な画像診断によって、手術をせずに脳腫瘍の遺伝子情報を得ることができれば、腫瘍組織を採取せずに最適な治療方法を選択し、治療の効率化と安全性の向上を図ることができると期待される。しかし、Grade II、III神経膠腫のMRIは特徴に乏しく、脳腫瘍を専門とする医師であっても遺伝子変異の有無を画像から推測することは困難だ。
脳腫瘍のMRIから抽出した59個の特徴によって、遺伝子変異を推定できることが先行研究により示されている。また、近年、Grade II~IV神経膠腫のMRIと遺伝子変異の有無を深層学習の一種であるConvolutional Neural Network(CNN)で学習した結果、高い精度での診断推定が可能であったと報告された。しかし、Grade IVは脳外科専門医であれば多くが見分けられるほど画像に特徴があり、それに加えて、推定には年齢など画像以外の情報が寄与していたことから、CNNを用いたことがこれまでのラジオミクスと比べてどの程度有用であるは疑問が残る結果だった。
遺伝子変異の有無を63.1%の精度で推定
これまで、研究グループは、脳腫瘍の遺伝子情報をMRIから推定する方法の開発を進めてきた。今回、199例のGrade II、Ⅲ神経膠腫のMRIと遺伝子情報を11施設から集めて、データベースを作成。自然画像の識別を学習したCNNであるAlexNetを画像の特徴を抽出するフィルターとして用いることで脳腫瘍のMRIの特徴を抽出し、遺伝子変異の有無を63.1%の精度で推定できた。推定アルゴリズムの構築には、サポートベクトルマシンと呼ばれる一般的な機械学習の方法を利用した。これにより、旧来の画像特徴(ラジオミクス)と比較して、CNNを用いることで、新しい画像特徴が得られていることを明らかにした。この結果より、CNNを用いることで、Grade II、III神経膠腫の遺伝子変異に関するMRIの新しい特徴を抽出できることが示された。
なお、今回の研究に用いた脳腫瘍のMRIは大きく分けて2種類のMRI機種(1.5Tと3T)によって撮影された。通常、MRIの機種や施設が異なると、得られる画像が大きく異なり、ひとつの機種で得られた画像を元に学習された識別器の結果は、他施設や他機種で得られた画像には適用できないことが知られているが、今回の研究では、これらの多様なデータをあえて混ぜて学習を行うことで、機種や施設によらずに利用できる識別器を作成した。
今回の研究成果より、Grade II、III神経膠腫の遺伝子変異推定における深層学習の有用性が明らかになった。大規模な多施設データから得られた研究成果は、汎化性が高いと考えられる。今後、大規模なデータに対して深層学習による学習を行うことで、高い精度で脳腫瘍の遺伝子変異を推定できるようになることが期待される。MRIから遺伝子変異を推定できることで、手術を行わずに正確な脳腫瘍診断が可能となり、医療者は早期に脳腫瘍の種類に合わせた個別化治療を患者に提供できるようになると期待される、と研究グループは述べている。
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