サル免疫不全ウイルスのVpuは、ヒトBST2を妨害するのか
東京医科歯科大学は1月8日、野生動物から単離されたウイルス由来のタンパク質が、ヒトの防御機構を克服する機能を持っていたことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科ウイルス制御学分野の芳田剛助教と山岡昇司教授の研究グループが、米国衛生研究所(NIH)と共同で行ったもの。研究成果は、国際科学誌「Journal of Virology」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
動物のタンパク質「BST-2(Tetherin)」は、ウイルス感染に対して防御的に働くタンパク質のひとつで、ウイルス粒子を感染細胞の表面につなぎ止めることにより、ウイルスの放出を抑制する。しかし、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は、ウイルスタンパク質Vpuを用いて、ヒトのBST-2機能を妨害して効率的に増殖する。一方、HIV-1の祖先ウイルスと考えられているサル、ゴリラ、チンパンジーに感染する免疫不全ウイルスがVpuタンパク質を発現することが知られているが、HIV-1の直近の祖先と考えられているチンパンジー免疫不全ウイルス(SIVcpz)のVpuは、ヒトのBST-2機能を妨害しないことが、他の研究グループにより報告されている。そのため、HIV-1がヒトBST-2妨害機能を獲得した経緯に関する不明な点が多く存在していた。
研究グループは、HIV-1以外のウイルスのVpuの中でヒトBST-2を妨害するものが存在するかを明らかにするため、HIV-1の祖先ウイルスと疑われているチンパンジー免疫不全ウイルス(SIVcpz)、さらに、SIVcpzの祖先であると疑われているサル免疫不全ウイルス(SIVgsn, SIVmon, SIVmus)のVpuが、ヒトBST2を妨害するのかを評価した。
ヒトの防御機構の現状認識とその対策が必要
SIVcpzのVpuを3株試したところ、他のグループの報告通り、全てがヒトのBST-2を妨害しなかった。さらに、サルのウイルス3株のVpuについても、妨害機能は観察されなかった。しかし、アフリカに生息するグレータースポットノーズドモンキー(以下、サル)から単離されたウイルスSIVgsnの99CM71株が発現するVpuタンパク質だけは、ヒトのBST2の機能を妨害し、ウイルスの放出を促進することが判明した。しかも、このVpuがヒトBST-2を妨害する分子メカニズムは、HIV-1のVpuによる妨害メカニズムと異なる可能性も示された。さらに、このVpuが自然宿主(サル)のBST-2を妨害する際と、ヒトBST-2の妨害では、一部異なるアミノ酸を使用することが示唆され、サルBST-2とヒトBST-2で妨害される分子メカニズムが異なる可能性が示された。
今回の研究で、野生動物から単離されたウイルス由来タンパク質が、ヒトの防御機構を克服したことから、野生動物からヒトへと病原ウイルスが伝播する可能性(危険性)が明らかとなった。また、SIVgsn99CM71株のVpuがヒトBST-2を妨害する分子メカニズムは、HIV-1のVpuによる妨害メカニズムとは異なる可能性が示されたことで、ウイルスが増殖に対する障壁(ヒトの防御機構)を、さまざまな方法で克服する可能性が示された。これにより、ヒトの防御機構の現状認識とその対策が必要であることが明らかとなり、同結果は、今後起こり得る世界的規模の新規感染症発生のリスク評価に貢献するものと期待される。
研究グループは、「サルとヒト(ホモ・サピエンス)は、霊長類動物の共通祖先から進化してきたことを考え合わせると、現在のサルとヒトとの違いは全て、進化における分岐の後に、それぞれの動物種が進化したために生じたと考えることができる。その点、サルとヒトのBST-2が異なるメカニズムで妨害される可能性が示されたことは、ヒトの抗ウイルスタンパク質(BST-2)遺伝子が、進化の過程でウイルスが妨害メカニズムを変えざるを得なくな
るような進化を遂げてきた可能性を示すもの。今後、ヒトの抗ウイルス遺伝子がどのように進化してきたのかを解明していきたいと考えている」と、述べている。
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