機能的な下垂体ホルモン産生細胞が、新たな治療法となる可能性
名古屋大学は1月8日、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)を用いて、成熟した機能的な下垂体ホルモン産生細胞を作製する方法を確立したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科糖尿病・内分泌内科学の笠井貴敏客員研究員、須賀英隆准教授および有馬寛教授らの研究グループによるもの。研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
下垂体はさまざまなホルモンを制御する司令塔とも言うべき中心的な働きをしており、成長・代謝・ストレス反応など多岐にわたる生命現象をコントロールするのに重要な役割を担っている。下垂体ホルモン産生細胞の機能が低下すると、さまざまな症状が出現し、特に副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が低下すると副腎不全を起こし、生命の危機に陥ることもある。しかし現在までのところ、下垂体ホルモン産生細胞の機能低下に対する根治療法は存在せず、不足しているホルモンを投与する補充療法が行われているが、現行の補充治療では変動するホルモン必要量に対し十分対応できないという問題点があり、補充するホルモンの不足による副腎不全や、ホルモン過剰による糖尿病や高血圧の発生リスクが存在する。もし、生体と同じように周囲の環境に応答できるホルモン産生細胞が作製できれば、より高度な恒常性を維持でき、これまでの補充療法よりも優れた治療法になる可能性がある。
研究グループは2016年にヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)から下垂体ホルモン産生細胞を作製することに成功。今回この培養方法を用いて、ヒトiPS細胞からの作製を試みた。
下垂体疾患の発症メカニズムの解明にも期待
今回、3種類のヒトiPS細胞を培養し、ACTHを産出する細胞を作製することに成功。また、 作製の効率に影響を及ぼす因子として培養開始時の細胞数や試薬の濃度などを同定し、それぞれヒトiPS細胞に適用した。
作製の過程では、視床下部のもととなる細胞も同時に出現しており、これらを隣接させた状態で150~200日程度の長期の培養を行ったところ、1つの組織の中に、下垂体ホルモン産生細胞と視床下部ホルモン産生細胞が共存している組織(視床下部-下垂体ユニット)を作成できた。下垂体の組織内にはACTHを産出する細胞があり、視床下部の組織内には副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)などの視床下部ホルモンを産出する細胞が存在した。また、視床下部-下垂体ユニットを長期に培養することで、ホルモンの分泌能力が向上。電子顕微鏡でも、ACTHを含む分泌顆粒を豊富に蓄えた下垂体細胞が作成できていることを確認した。1細胞あたりのACTHの分泌量を測定したところ、成体マウスの下垂体ホルモン産生細胞と同等の分泌能力を示すところまで能力が向上していることが判明。さらに、この分泌能力は培養300日頃まで徐々に高まっていることも明らかになった。
ヒトiPS細胞から分化した下垂体細胞を電子顕微鏡像で観察してみると、ACTHの分泌顆粒が細胞内に豊富に準備されていた。また、細胞塊をバラバラにして1つの細胞あたりの分泌能力を測定してみると、成体マウスの下垂体細胞と同レベルまで分泌能力が高まっていることがわかった。さらに、視床下部-下垂体ユニットを低グルコース液に浸したところ、ACTH の分泌亢進が確認された。下垂体は、視床下部から分泌されるCRHの制御を受けて働いていることから、この結果から低グルコースに対して視床下部と下垂体が連携して働いていることが示唆された。CRHの投与に対してACTHは上昇、デキサメサゾンの投与に対して ACTHは低下し、視床下部-下垂体ユニットが周囲の環境に反応する機能的な組織、つまりオルガノイドになっていると考えられた。
今回、ヒトiPS細胞から機能性を有した下垂体を作成できたことにより、下垂体の機能が低下した患者に対する再生医療に応用できることが期待される。また、下垂体と視床下部の両方を有した組織を試験管内で再現可能なため、下垂体と視床下部の関連を解明する上でのモデルとしての活用も期待でき、下垂体疾患の発症メカニズムの解明にも役立つと考えられる。
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