求愛拒否から受容への切り替えを制御する脳の仕組みを解析
名古屋大学は1月6日、雌のショウジョウバエにおいて、求愛受け入れの抑制と促進を制御する脳の神経機構を明らかにしたと発表した。この研究は、同大学大学院理学研究科附属ニューロサイエンス研究センターの上川内あづさ教授と石元広志特任講師の研究グループによるもの。研究成果は、米国科学雑誌「Current Biology」で公開された。
画像はリリースより
求愛行動を示す多くの動物において、雄は求愛を繰り返すことで、ようやく雌に交尾を受け入れられる。雌が雄のアプローチを巧みにかわしつつ、パートナーとして相応しい相手なのか、しっかりと見定めてから行動する様は、雌を見つけると即座に求愛行動を開始する雄とは対象的だ。この違いは、しばしば雌雄の繁殖戦略の違いとして説明されるが、このような拒否から受容への切り替えを制御する脳の仕組みは明らかになっていなかった。
交尾判断回路は「拒否ニューロン」と「受容ニューロン」で構成
今回、研究グループは、行動を遺伝学的に解析しやすいモデル生物であるショウジョウバエの雌において、交尾前の拒否から受容に行動を転換する過程に必要な脳の神経回路を特定し、その機能を制御する分子群を明らかにした。まず、雌が示す交尾前行動には、ドーパミン神経細胞(PPM3神経細胞)が重要な役割を示していることを確認し、PPM3神経細胞の出力先の神経細胞を探索。その結果、ハエの脳の中心複合体内にある楕円体と呼ばれる脳領域を発見した。
楕円体を調べたところ、R4d神経細胞群(以下、拒否ニューロン)を人為的に活性化すると、メスはなかなか交尾しなくなり、反対に抑制すると、メスは易々と交尾を許すようになった。一方、R2/R4m神経細胞群(以下、受容ニューロン)は、抑制性の神経伝達物質「GABA」を作り出していた。詳しい解析により、受容ニューロンは、GABAを介して拒否ニューロンに抑制性の信号を送ることで、拒否反応を抑える役割があることを見出した。
継続的な拒否ニューロンの活動が受容ニューロンの働きを高めて交尾を促進
続いて、研究グループは、受容ニューロンが作り出す神経伝達物質「グルタミン酸」に注目。雌の交尾前の拒否行動を持続させる神経分子基盤を調べた。解析の結果、受容ニューロンが放出するグルタミン酸は、拒否ニューロンに作用して一酸化窒素の合成を促進。気体である一酸化窒素は、拒否ニューロンの細胞膜を通過する「逆行性シナプス伝達」によって、受容ニューロンのGABA放出を促進していた。これらの結果から、拒否ニューロンの活動が受容ニューロンの神経機能を促進し、拒否ニューロンの抑制として戻ってくるという一連の回帰機構が明らかになった。
一酸化窒素は2秒程度で活性を失うため、受容ニューロンの神経抑制機能を促進するためには、拒否ニューロンの活動が持続することが必要となる。このことが、雄の求愛が何度も拒否される理由の一端だという可能性が示された。
また、今回発見された神経機構は、哺乳類のつがい形成に関わる脳の神経機構に類似していることが判明した。「ショウジョウバエを配偶行動の進化や本能行動の行動選択を理解するための研究モデルとして利用する」という今回の研究戦略を発展させることで、社会的絆形成などを担う普遍的な脳の分子神経基盤の解明にもつながることが期待できる、と研究グループは述べている。
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・名古屋大学 プレスリリース