ヒストンやDNAのメチル化に関わる補酵素「SAM」の濃度変化が関連
京都府立医科大学は12月24日、緑茶に含まれるカテキンが遺伝子発現に関わるタンパク質の機能を制御する新たな仕組みを解明したと発表した。これは、東京大学大学院薬学系研究科の荻原洲介大学院生、小松徹特任助教、浦野泰照教授、京都府立医科大学大学院医学研究科の伊藤幸裕准教授、大阪大学産業科学研究所の鈴木孝禎教授、東京大学創薬機構の小島宏建特任教授、岡部隆義特任教授、長野哲雄客員教授らの研究グループによるもの。本研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」に掲載されている。
ヒトの細胞には約2万種類の遺伝子が存在し、これらの発現の組み合わせによって、多様な細胞の機能が維持されている。また、遺伝子発現は、エピジェネティック制御因子によってコントロールされており、この仕組みを理解することは、生命の成り立ちや疾患のメカニズムを知る上でも重要な意味をもつ。制御因子のうちで代表的なものが、ヒストンなどのタンパク質やDNAに「メチル基」という化学構造を修飾する仕組み。疾患と関わる細胞内のメチル化状態の変化の理解を目指す研究や、これを担うメチル基転移酵素のはたらきを制御する薬剤の開発が精力的に進められている。
一方、近年の研究から、細胞内のメチル基転移酵素の活性は、これらの酵素がメチル基の供給源として用いる補酵素「S-アデノシルメチオニン」(以下、SAM)濃度の変化によって制御されることが明らかになっている。SAM濃度の変化が、がんや生活習慣病などの疾患の成り立ちと関わる例も報告され、特に大腸がんにおいては、初期段階からSAMの濃度上昇が見られ、これがヒストンなどのメチル化状態の変化を介してがんの悪性化に寄与していることが示唆されている。疾患と関わるSAM濃度の変化の仕組みを理解し、これを制御する方法論の開発が求められている。
カテキンやその類似化合物がSAM濃度低下に寄与、大腸がん細胞でメチル化低下
画像はリリースより
研究グループはまず、以前の研究において開発した蛍光プローブを応用して、細胞内のSAM濃度の変化をより高いシグナル/ノイズ比で検出できる実験系を確立。この実験系を利用して、大腸がん細胞のSAM濃度を低下させる薬剤の探索研究を実施した。東京大学創薬機構が保有する既存の薬剤や生理活性化合物からなる1,600化合物のライブラリを用いたスクリーニングをおこなったところ、大腸がん細胞のSAM濃度を低下させる薬剤を複数発見することに成功した。
これらの化合物の中に、緑茶などに含まれる天然物であるカテキンやその類似化合物が多く含まれていることに着目し、そのメカニズムについて精査したところ、大腸がん細胞が発現する薬物代謝酵素の一種である「カテコールメチルトランスフェラーゼ」(COMT)が、これらのカテキン類をメチル化する際にSAMを消費することによって、細胞のSAM濃度の減少が引き起こされることが判明。そして、この作用は、培養細胞系だけでなく、大腸がんのモデルマウスにカテキンを含む餌を食べさせて飼育した場合にも観察されることが明らかとなった。
次に、カテキンによるSAM濃度の低下が、実際に大腸がん細胞の表現系に影響を与えるかについて検証。大腸がんにおけるヒストンタンパク質のメチル化状態の変化を調べたところ、カテキンの作用によって、大腸がん細胞のヒストンのメチル化レベルが大幅に低下し、内在性のアポトーシス誘導因子によって引き起こされる細胞死への感受性が大きく高まることが確認された。以上の結果から、カテキンがCOMTの活性を介してSAM濃度を低下させ、大腸がん細胞の表現型を制御するという新たな作用の存在を示したことになる。
現在までに、緑茶やその主成分であるカテキン類の健康への効果について多くの研究がなされている。カテキンの細胞レベルでの作用として、抗酸化作用、酵素の阻害、タンパク質の化学修飾などさまざまなものが知られている一方で、これらの作用からだけでは、その健康への効果は十分に説明されていない。「今回新たに見出されたカテキンによるSAM濃度の低下作用と、これによるタンパク質のメチル化状態の制御作用は、緑茶、カテキンの健康への効果を説明する鍵となる新たな知見を与えるものである」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・京都府立医科大学 最新ニュース一覧