記憶はできても、思い出すことができないのはなぜか
東京大学は12月19日、マウスを用いた記憶の想起(思い出すこと)に関する実験において、体内時計の役割と脳内のドーパミン情報伝達を活性化が重要であることを見出したと発表した。これは、同大大学院農学生命科学研究科の喜田聡教授らの研究グループと東京農業大学、トロント大学との共同研究によるもの。成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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年を取ると、思い出(想起)したくとも、うまく思い出せないことは人類共通の悩み。また、認知症などの記憶障害によって思い出せない可能性もあるが、この観点からの研究は進んでいない。げっし類を用いた記憶研究でも、「記憶する」メカニズムの解明は進んでいるが、「思い出す」メカニズムの解明は進展していない。例えば、記憶障害を示す遺伝子操作マウスは数多く存在するが、ほとんどの場合、記憶できないことが原因と結論づけられている。「記憶障害の原因が想起の障害である」と結論づけるには、ある条件にすると記憶を思い出せることを証明する必要があるが、このような条件を見つけ出すハードルが高い。
また、動物の体内には生物時計(体内時計)が存在し、24時間周期の生活リズムを産生している。ほ乳類では体内時計の中枢は脳内の視交叉上核にある。興味深いことに、生物時計は体内のそれぞれの末梢組織にも存在し、臓器特有の機能と関連することが知られている。以上の背景のもと、研究グループでは、人は夕方の時間帯に記憶障害を示すことから、脳内の生物時計が記憶と関係するとの仮説を立て解明に取り組んだ。
脳内ドーパミン情報伝達によるリン酸化の異常が記憶想起障害の原因
研究グループは、記憶の中枢である「海馬」において、生物時計を制御する時計遺伝子BMAL1の働きを阻害した。すなわち、海馬の生物時計の働きを阻害した遺伝子操作マウスを独自に作製。この遺伝子操作マウスは、視交叉上核の生物時計は正常だが、海馬の生物時計が損なわれている状態。同マウスを用いてさまざまな記憶テストを行った結果、記憶することはできたが、 記憶を思い出すことができないことがわかった。具体的には、どの時間帯でも記憶することができるが、特に夕方の時間帯(明期開始後10時間)において記憶を思い出せなくなっていることが判明した。
さらに、遺伝子発現の網羅的な解析から、この遺伝子操作マウスでは、神経伝達物質ドーパミンによる情報伝達が損なわれており、その結果、cAMP情報伝達経路の活性が低下し、この情報伝達経路によるAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA型受容体の845番目のセリン)のリン酸化が低下していることが明らかになった。このドーパミン情報伝達によるリン酸化の異常が記憶想起障害の原因となっていることは、ドーパミンおよびcAMP情報伝達経路を活性化する薬剤を遺伝子操作マウスに与えると記憶想起障害が改善されること、また、グルタミン酸のリン酸化を阻害した遺伝子操作マウスも、同様に記憶想起の障害を示すことからも支持される。
以上の研究結果から、海馬の生物時計は、ドーパミンからcAMP、そして、グルタミン酸受容体のリン酸化に至る情報伝達を活性化することで、記憶想起を正に制御していること明らかになった。現在、記憶想起を制御する遺伝子群は同定されておらず、今回の研究は記憶想起の分子機構の解明を大きく進展させた。また、ドーパミンが記憶想起を制御することも本研究において初めて明らかとなった。「この成果を応用することで、加齢に伴う想起障害の改善、また、記憶想起能力を向上させることで認知症の症状が緩和されることが期待できる」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果