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古い記憶は大脳皮質と海馬の相互作用で呼び起こされることを発見-理研

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2019年12月19日 PM01:15

遠隔記憶の想起に海馬は不要になるのか?

理化学研究所(理研)は12月18日、形成されてから長い時間が経った記憶()の想起時には大脳皮質と海馬の間に多様な電気生理的相互作用が起こり、大脳皮質が海馬に残存する記憶痕跡の活性化を手助けすることで、記憶の想起が可能になっていることを発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター神経回路・行動生理学研究チームのトーマス・マックヒューチームリーダー、牧野祐一基礎科学特別研究員(研究当時)らの研究グループによるもの。研究成果は、米国の科学雑誌「Cell Reports」に掲載されている。


画像はリリースより

脳は、さまざまな記憶を数か月、数年という長期間保つことができるが、ある種の記憶は形成されたときから同じ脳部位に保存され続けるわけではなく、時間が経ち、遠隔記憶になるにつれて、次第に異なる脳部位に移動することが知られている。特に過去の体験についての記憶()は、形成された直後(近時記憶)は海馬に保存されるものの、時間経過とともに大脳皮質に移動し、そこで遠隔記憶として固定されると考えられてきた。この考え方は「記憶の標準固定化説」と呼ばれ、数十年にわたって支持されてきた。

一方で、エピソード記憶は、遠隔記憶になっても全てが大脳皮質に移動するのではなく、部分的に海馬に残り続けるという研究報告も多数ある。これらの報告から、遠隔記憶の痕跡は大脳皮質と海馬を含む複数の脳部位で保持されるという「記憶の多重痕跡説」が提唱されている。しかし、遠隔記憶の想起時に大脳皮質と海馬がそれぞれどのような役割を果たすのか、また両部位の間で具体的にどのような情報伝達が行われて遠隔記憶が想起されるのかはわかっていなかった。この課題に取り組むため、研究グループは今回、マウスが遠隔記憶を想起している間の大脳皮質と海馬の活動を同時に記録し、両部位間での電気生理的相互作用を詳細に調べた。

記憶想起中に大脳皮質と海馬の活動が複数の周波数帯で同期

研究グループはまず、複数の脳部位から神経活動を記録できる多電極アレイを、マウスの大脳皮質の一部である前帯状皮質と海馬CA1領域に埋め込んだ。そして、恐怖条件付けを用いてマウスに恐怖記憶を形成させ、その1日後(近時記憶)と1か月後(遠隔記憶)にマウスが恐怖記憶を想起しているときの神経活動を両部位で記録した。

多くの脳部位では、アルファ波などの例で知られるように、神経細胞の集団が特定の周波数で周期的に活動することがわかっている。そこで、記憶想起時の前帯状皮質と海馬CA1領域での周期的活動を測定したところ、前帯状皮質と海馬CA1領域それぞれでシータ波(6~12Hz)の活動が見られ、かつそれが両部位間で同期していることが判明。そしてこの両部位間での同期は、記憶形成前や近時記憶の想起時に比べて、遠隔記憶の想起時に高くなっていた。さらに高ガンマ波(60~90Hz)においても同様に、両部位間の同期が遠隔記憶想起時に強くなることがわかった。これらの結果から、遠隔記憶の想起時には前帯状皮質と海馬CA1領域が複数の周波数帯で同期し、想起を促している可能性が示された。

海馬は少数の神経細胞で記憶痕跡を保持、大脳がその活性化を手助けし記憶を呼び起こす

次に研究グループは、このような脳部位間での相互作用が、どのようにして記憶痕跡に働きかけているのかを知るために、エピソード記憶において記憶痕跡を保持していると考えられている個々の神経細胞のスパイク発火を詳細に調べた。その結果、海馬CA1領域のうち一定割合の神経細胞は、遠隔記憶想起時に前帯状皮質の活動と同期して発火することが判明。また、前帯状皮質の活動と同期して発火する神経細胞同士は海馬CA1領域の中で離れて存在し、遠隔記憶想起時に同時に発火していた。これらの結果から、遠隔記憶において海馬は少数の神経細胞で記憶痕跡を保持しており、前帯状皮質はそれらの細胞の発火を制御する、つまり記憶痕跡の活性化を手助けすることで、記憶を呼び起こしている可能性が示された。

以上の結果から、遠隔記憶の想起時には、前帯状皮質と海馬CA1領域の間に、近時記憶想起時とは異なる電気生理的相互作用が起こることがわかった。また、この結果は両部位間での相互作用が記憶の古さを示すバイオマーカーとなることを示唆している。この可能性を模索するために研究グループは、記憶想起時の前帯状皮質と海馬CA1領域の間での同期信号を周波数ごとに分け、機械学習アルゴリズムに入力して解析を試みた。その結果、シータ波・低ガンマ波・高ガンマ波の三つの同期信号の組み合わせから、想起していた記憶が近時記憶と遠隔記憶のどちらだったかを正確に判定することに成功。これにより、記憶が形成された時期が分からなくても、それを想起しているときの脳活動を測定することで形成時期(記憶の古さ)を推定するという全く新しい手法が見出された。

今回の研究成果は、遠隔記憶の想起時には大脳皮質と海馬の間に多様な情報伝達があることを明らかにし、遠隔記憶の多重痕跡説を支持する重要な知見。研究グループは、「今後、それぞれの脳部位で記憶のどのような側面が保存され、それらがどのように組み合わさって記憶が想起されるのかなどの詳細を明らかにすることにより、記憶想起メカニズムの包括的理解につながると期待できる」と、述べている。

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