ほ乳類の概日リズム中枢を司る脳領域の単一神経細胞を物理的に隔離して計測
北海道大学は12月5日、哺乳類の単一の神経細胞を物理的に隔離して長期間培養し、リズムを可視化する手法を確立し、概日(がいじつ)リズムの中枢領域である視交叉上核(しこうさじょうかく)の神経細胞は1個のみでも安定した概日リズムを刻むこと、また、脳組織を構成するグリア細胞が神経細胞の概日リズムを不安定化させることを発見したと発表した。この研究は、同大の本間研一名誉教授、北海道大学脳科学研究教育センターの本間さと客員教授、同電子科学研究所の榎木亮介准教授(当時)(現:大学共同利用機関法人自然科学研究機構生命創成探究センター)らの研究グループによるもの、研究成果は、「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
哺乳類の約24時間のリズムを刻む仕組みである概日リズムの中枢は、脳深部に位置する視床下部領域の視交叉上核に存在している。視交叉上核はおよそ2万個の神経細胞から構成され、目からの直接の神経投射をうけて視交叉上核の固有の周期を24時間に調節し、全身の細胞や臓器に統一のとれたリズム情報として出力している。これまでの研究では、視交叉上核はネットワークを形成して互いに強固に連絡しあうことで安定した概日リズムを刻むこと、また他の神経細胞と弱い連絡しかもたない条件では多くの神経細胞でリズムが消失することが報告されていた。このことから、視交叉上核が安定した概日リズムを生み出すためには、神経細胞同士が連絡しあうことが重要であると考えられてきた。しかしながら、他の細胞と一切物理的な接触をもたない1個の神経細胞を培養して測定することは技術的に難しく、単一の神経細胞が示すリズムの性質については研究者の間で統一した見解は得られていなかった。
概日リズムのメカニズムの全容解明や開発薬剤の高速評価法への応用に期待
研究グループはこれまで、概日リズム観察のための長期間の光イメージング計測法を確立し、視交叉上核の神経細胞ネットワークの働きを観察してきた。今回の研究では、1個の神経細胞のみを物理的に隔離して培養できる培養皿を作成した。視交叉上核の1個の神経細胞を培養し、高感度カメラ、恒温培養装置、顕微鏡からなる光計測システムにより、時計遺伝子発現と細胞内カルシウム濃度を指標とし、神経細胞の概日リズムを数日間測定することを試みた。その結果、視交叉上核の単一の神経細胞は、他の神経細胞やグリア細胞と物理的接触(シナプス結合やギャップ結合)が一切ない状態においても、安定した時計遺伝子と細胞内カルシウムの概日リズムを示すことが判明。一方で、グリア細胞と共存している1個の神経細胞のカルシウム概日リズムは、多くで概日リズムが見られなくなることも明らかとなった。
今回の研究成果は、長年議論されてきた単一神経細胞における概日リズムの有無の問題に終止符を打つとともに、概日リズムの基礎的なメカニズムの全容解明に向けたさらなる理解につながると考えられるもの。近年、概日リズムの乱れによる睡眠障害や生活習慣病が問題となっており、そのメカニズムの解明と治療法や予防法を開発することは現代社会の解決すべき重要課題の一つとなっている。今回の成果は、これらの課題に対して基礎研究の一つとして寄与するものと期待される。また、微細加工技術を用いたマイクロパターニングによる単一細胞の培養技術と細胞機能の可視化法は、概日リズムを調節する薬剤の高速評価法への応用につながるものと期待される。
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