報酬系回路におけるドーパミンの機能を分子レベルで解析
名古屋大学は12月4日、「快感」や「意欲」などの感情を引き起こすドーパミンによる報酬(快感)関連行動・記憶形成制御の分子メカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科神経情報薬理学の貝淵弘三教授(責任著者)と船橋靖広助教(筆頭著者)、医療薬学の山田清文教授と永井拓准教授の研究グループによるもの。研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」の電子版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの脳には約1000億個の神経細胞が存在すると推定されており,これらがお互いに連結しながら複雑なネットワーク(神経回路)を形成している。その中でも「報酬系」と呼ばれる神経回路の1つは、楽しさや気持ち良さをもたらす刺激(報酬刺激)に応答して活性化する。これにより快感や意欲などの感情が引き起こされ、ヒトはこれを経験として学習する。報酬系回路に関与する主な調節因子はドーパミンと呼ばれる神経伝達物質であり、「ハッピーホルモン」と呼ばれることもある。
ドーパミンは脳の側坐核と呼ばれる部位の中型有棘神経細胞に作用し、細胞内で分子レベルの変化を引き起こし細胞の機能を調節する。また、ドーパミンの機能不全はさまざまな精神・神経疾患で確認されている。例えば、ドーパミンの過剰は統合失調症、注意欠陥・多動性障害および強迫性障害を、反対に不足すると、うつ病やパーキンソン病を引き起こす。コカインや覚醒剤などの薬物依存症やギャンブル依存症は、ドーパミンによる快感を異常に求める状態。したがって、報酬系回路においてドーパミンがどのように機能しているのかを分子レベルで正確に把握することは、これらの精神・神経疾患に対する効果的な治療法を開発する鍵となる。
MAPKによるNpas4のリン酸化が報酬関連行動や記憶に関与
今回研究グループは、報酬記憶形成に関与する多機能タンパク質CBPと結合するタンパク質として転写因子Npas4を同定。また、ドーパミンが細胞内でタンパク質リン酸化酵素MAPKを活性化してNpas4をリン酸化し、Npas4とCBPとの結合を促進することも明らかにした。さらに、Npas4のリン酸化は神経細胞のシナプス可塑性に関与する遺伝子発現を促進することも発見した。
そこで研究グループは、報酬関連行動・記憶におけるNpas4の役割を解明するために、脳の側坐核領域に存在するD1型ドーパミン受容体発現神経細胞で特異的にNpas4を欠損させたマウスを作製。その後、これらのマウスにコカインを投与して行動実験装置内の特定の場所を探索させることで、コカインの感覚効果と装置の環境を結びつける学習・記憶の訓練を行った。その結果、Npas4欠損マウスでは野生型のマウスと比べて記憶能力が低下していた。また、Npas4欠損による記憶能力の低下はNpas4を外来的に導入することで回復したのに対し、Npas4のリン酸化部位を欠損させた変異体を導入した場合は回復しないことがわかった。以上の結果から、ドーパミン刺激によりNpas4がMAPKによってリン酸化されることでCBPと結合して神経細胞のシナプス可塑性に関与する遺伝子の発現を促進し、さらに報酬関連行動・記憶を制御することが明らかになった。
今回の研究により、ドーパミンによる報酬関連行動・記憶の制御機構の一端が解明された。ドーパミン神経系の機能不全は、さまざまな精神障害や認知障害で確認されている。研究グループは、「この研究は、統合失調症などの精神・神経疾患の治療法の開発はもちろん、コカインや覚醒剤などの薬物依存症の治療法の開発にも役立つと考えられる」と、述べている。
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