全胞状奇胎のおよそ10%が、侵入奇胎や絨毛がんなどの悪性腫瘍に移行
東北大学は12月3日、ヒト全胞状奇胎由来胎盤幹細胞(TSmole細胞)株の作製に、世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科情報遺伝学分野の高橋聡太大学院生、岡江寛明准教授、有馬隆博教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に掲載されている。
画像はリリースより
全胞状奇胎は、受精卵から卵子由来の核が消失することによって起こる異常妊娠のひとつで、胎盤を作る主な細胞である「栄養膜細胞」が異常に増殖するという特徴を持つ。全胞状奇胎のおよそ10%は、侵入奇胎や絨毛がんなどの悪性腫瘍に移行することが知られており、臨床上の重大な問題になっている。
通常、ヒトの体の細胞は母親および父親由来の遺伝子を1セットずつ持っており、多くの遺伝子は母親および父親由来の遺伝子の両方が働く。しかし、一部の遺伝子は、母親由来もしくは父親由来の遺伝子のみが働くことが知られている。この現象は、ゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング)と呼ばれ、ヒトには100個以上のインプリント遺伝子が存在することがわかっている。全胞状奇胎の発症には、これらインプリント遺伝子の異常が大きく関わっていると考えられているが、ヒトの栄養膜細胞の培養が困難であったことから、どのインプリント遺伝子が、どのような仕組みで全胞状奇胎を引き起こしているのか、これまで明らかにされていなかった。
TSmole細胞株が、全胞状奇胎の診断や病態の解明や治療法の開発に役立つ可能性
研究グループは、同研究室で確立したヒト胎盤栄養膜幹(Trophoblast Stem:TS)細胞の培養技術を利用し、ヒト患者の全胞状奇胎の組織からTSmole細胞株を作製することに成功。さらに、健常人由来の正常なTS細胞株とTSmole細胞株の遺伝子の発現を網羅的に比較したところ、大部分の遺伝子の発現パターンは同等だったが、TSmole細胞株ではインプリント遺伝子の異常な発現が観察された。インプリント遺伝子の働きは、特定のDNA領域(アレル特異的メチル化領域)に、メチル化という目印(DNAメチル化)が付くことによって制御されている。このアレル特異的メチル化領域のDNAメチル化を解析した結果、TSmole細胞株では、ほとんどの領域で目印が付くのが父親由来であることが判明した。
全胞状奇胎では細胞が異常に増殖することから、TSmole細胞株はTS細胞株より早く増殖することが予想されたが、通常の培養条件では細胞の増殖速度に差は見られなかった。臨床的な研究から、体内で全胞状奇胎の栄養膜細胞は健常人の正常な栄養膜細胞に比べ、重なって増殖する傾向があることが報告されていた。そこで、高い細胞密度で細胞の増殖を調べたところ、TSmole細胞株はTS細胞株よりもよく増殖することがわかった。さらにTS細胞株では、母親由来の遺伝子のみが働くインプリント遺伝子の1つであるp57KIP2遺伝子(p57KIP2)の発現が、細胞密度が高くなるにしたがって上昇したが、TSmole細胞株では、p57KIP2はほとんど発現していなかった。
p57KIP2は細胞の増殖を抑える機能があること、TSmole細胞株においてp57KIP2を強制的に機能させると細胞の増殖が止まること、p57KIP2を破壊したTS細胞株は高い細胞密度でも増殖が止まらないことから、p57KIP2の機能の抑制が、TSmole細胞株での増殖異常の原因であることが判明した。p57KIP2の発現抑制は、絨毛がんのみならず、多くの成人がんにおいても報告されており、同研究で明らかになったp57KIP2による増殖抑制の仕組みは、多様ながんの発生の理解につながる可能性があるという。
今回の研究成果により、通常の細胞では細胞密度が高くなると増殖が止まるが、TSmole細胞株では、細胞密度が高くても増殖が止まりにくくなっており、このことが絨毛がんの発生を引き起こしている可能性が示唆された。研究グループは、「TSmole細胞株は、全胞状奇胎の診断や病態の解明、さらには治療法の開発に役立つと期待される。また、全胞状奇胎から絨毛がんが発生する仕組みを研究する上で有用であると期待される」と、述べている。
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