幹細胞を良い状態で一生涯ストックするのに必須の「休眠状態」、タンパク質恒常性は?
京都大学は12月2日、成体脳内の神経幹細胞の増殖・休眠がリソソーム活性の変動によって制御されていることを見出したと発表した。この研究は、同大ウイルス・再生医科学研究所の小林妙子助教と影山龍一郎教授(兼:物質-細胞統合システム拠点=iCeMS(アイセムス)連携PI)らの研究グループによるもの。本研究成果は、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
ヒト成体の神経幹細は、脳内の海馬歯状回や側脳室の周辺領域にわずかに存在しているが、そのほとんどが増殖や分化を停止した休眠状態にある。休眠状態は、一生涯、幹細胞を良い状態で体の中にストックしておくために必須のメカニズム。休眠状態の神経幹細胞は適切なシグナルを受け取り、活性化されて再び増殖を始めた状態(活性化状態)になると、分化して成熟ニューロンを作り出すことができる。既にさまざまなシグナル伝達経路によって神経幹細胞の休眠 ・活性化が制御されることが報告されている。しかし、休眠・活性化による細胞内のタンパク質恒常性の変化についてはほとんど明らかになっていない。
研究グループは、神経幹細胞内のタンパク質恒常性に着目し、休眠状態で細胞内のタンパク質の分解を制御している新たなメカニズムを想定して解析を行ってきた。細胞内のタンパク質分解は、主にユビキチン・プロテアソーム経路とリソソーム経路によって行われている。遺伝子発現の解析によって休眠状態の神経幹細胞では膜受容体が豊富に発現していることが報告されており、特別に制御されたタンパク質分解のシステムが存在するのではないかと考えられた。近年、他のグループから、成体脳内の脳室周囲に存在する細胞の遺伝子発現を1細胞単位で解析することにより、休眠状態の神経幹細胞にリソソームが多く存在することが報告された。しかし、休眠・活性化にリソソームがどのように機能しているのかについては、全く示されていなかった。
神経幹細胞は休眠状態でリソソーム活性を上昇させ、積極的に休眠状態を維持
今回研究グループは、休眠状態で転写因子Hes1に関連する遺伝子発現の振動パターンの違いを生む要因のひとつとして、Hes1タンパク質分解を検討。その結果、休眠状態ではHes1の分解だけではなく、プロテアソームによるタンパク質分解が全体的に低下していることを示唆するデータが得られた。既に胚性幹細胞では、分化の状態でプロテアソーム活性が変化して細胞内のタンパク質恒常性を制御することが報告されていたため、続いて増殖状態と休眠状態の神経幹細胞におけるプロテアソーム活性を比較。プロテアソームは3種類のペプチダーゼ活性(トリプシン様、キモトリプシン様、カスペース様)があり、3種類の基質となるペプチドを用いて測定を行った。その結果、トリプシン様活性が休眠状態で顕著に上昇しており、この上昇は予想に反してプロテアソームではなく、リソソーム酵素であるカテプシンの活性に依存していた。つまり、休眠状態でリソソームの活性が著しく上昇していることが判明した。また、プロテアソーム活性は、休眠状態で低下していることもわかった。
さらに、培養した神経幹細胞を用いて休眠状態への誘導過程を詳細に調べると、細胞増殖因子や細胞増殖に関わるシグナル膜受容体が減少する一方で、リソソームの構成因子やリソソーム機能を上昇させる転写因子TFEBの発現が上昇していることがわかった。免疫染色やリソソームの基質を用いて細胞内のリソソーム活性を測定すると、休眠状態ではリソソーム数の増加と活性の上昇を検出。リソソーム機能を特異的に阻害する薬剤で休眠状態の神経幹細胞を処理すると、細胞増殖のシグナル伝達に関わる膜受容体が蓄積し、その後、細胞増殖が起こることもわかった。細胞増殖に関わる膜受容体のEGFレセプターは、活性化されるとエンドサイトーシス経路でリソソームにより分解されることが知られている。そこで神経幹細胞における活性化型EGFレセプターの分解速度を調べると、休眠状態でより速やかに分解されていた。これらの結果から、神経幹細胞は休眠状態でリソソーム活性を上昇させ、活性化された膜受容体を速やかに分解して外部からのシグナル伝達を弱めることにより、積極的に休眠状態を維持しているということがわかった。
脳内の神経幹細胞でリソソーム機能が上昇すると休眠状態、低下すると増殖状態
さらに解析を進めると、休眠状態では、リソソームに関連する遺伝子の発現を制御する主要な転写因子TFEB が活性化されていることがわかったため、TFEB遺伝子のノックアウトによるリソソーム機能の低下と、TFEB活性型の過剰発現によるリソソーム機能の上昇を誘導して、その影響を調べた。培養した神経幹 細胞、および脳内の神経幹細胞にのみ時期特異的なノックアウトが可能なマウスを用いて解析を行った。過剰発現にはレンチウイルスベクターを用いて発現の誘導を行った。その結果、TFEB遺伝子のノックアウトでリソソーム機能を低下させると、培養した神経幹細胞は休眠状態に入りにくく、また、成体マウスの脳内では、海馬歯状回に増殖状態の神経幹細胞が増加することを発見。逆に、TFEB活性型の過剰発現によりリソソーム機能を上昇させると、増殖状態の神経幹細胞が休眠状態へ誘導されることを、培養した神経幹細胞と成体マウス脳内の海馬歯状回の神経幹細胞で見出した。これらの結果から、成体マウス脳内の神経幹細胞でリソソーム機能が上昇すると休眠状態となり、リソソーム機能が低下すると増殖状態となること、すなわちリソソーム機能の変化が神経幹細胞の増殖 ・休眠を制御しているという新たなメカニズムが明らかとなった。
近年、リソソームは細胞内の最終分解装置としての役割だけではなく、細胞内の栄養状態を感知するセンサーでもあり、シグナル伝達の連結点としての機能も報告されている。研究グループは、「リソソームは細胞の生存に関わる基礎の部分を担っているため、安易にリソソームを阻害する手法はとれないが、その下流で働く因子群を同定できれば、将来、神経幹細胞の状態を脳内で制御するツールの開発が期待できる」と、述べている。
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・京都大学 研究成果