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統合失調症の原因となる変異を、キネシン分子モーターKIF3B遺伝子で発見-東大

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2019年11月22日 AM11:45

これまで知られていなかった、KIFsの神経・精神疾患との関連を解析

東京大学は11月18日、キネシン分子モーターKIF3Bの異常が統合失調症の分子的基盤になることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻の廣川信隆特任教授、アルサバンアシュワック特任研究員(研究当時)、森川桃特任研究員、田中庸介講師、武井陽介准教授(研究当時、現・筑波大教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「The EMBO Journal」に掲載されている。


画像はリリースより

キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)は細胞内の物質輸送を担う分子モーターであり、機能分子の局在や活性を制御することで脳の高次機能や個体の発生の基盤となる、細胞の生命や機能を維持する重要なタンパク質群である。KIF3モーターはKIF3A・・KAP3の3つのタンパク質からなるユニークな複合体モーターであり、廣川特任教授のこれまでの研究から、胎児の内臓の左右軸の決定に重要な役割を担っていることが知られていたが、神経・精神疾患との関連はほとんど知られていなかった。今回、研究グループは、ヒトの統合失調症の新たな原因としてKIF3B タンパク質を変異する遺伝子異常を特定した。

統合失調症患者の遺伝子データからKIF3Bの変異を同定、欠損マウスで統合失調症特有の表現型を観察

研究グループはまず、統合失調症患者ゲノムからKIF3Bの654番目のアミノ酸であるアルギニンが終止コドンに変異しているミスセンス変異(p.R654Ter)を同定した。そこでKIF3Bタンパク質の精神疾患への影響を確かめるため、Kif3b遺伝子がヘテロ欠損した遺伝子操作マウスの行動解析を実施。すると、オープン・フィールド試験と高架式十字迷路でKif3b遺伝子ヘテロ欠損マウスは過活動の傾向を示し、スリー・チェンバー社会性実験では他個体への興味の低下を示した。また、バーンズ迷路試験では記憶・学習能力の低下と、記憶の書き換えの柔軟性の低下が見られた。聴覚驚愕応答のプレパルスによる減弱は有意に低下していた。これら全ての行動解析の結果から、Kif3b遺伝子ヘテロ欠損マウスは統合失調症様の表現型を持つことがわかった。

一方、このKIF3複合体の神経細胞における機能に注目して免疫沈降法により結合タンパク質を検索したところ、スパイン表面に局在して可塑性に重要な役割を担うNMDARのサブユニットNR2AとKIF3Bが結合し、樹状突起内を輸送することを発見。NR2Aの輸送を担う分子モーターの同定は世界で初めての報告だという。さらに、上記の免疫沈降法ではNR2Aの他にAPCやPSD95がKIF3複合体と結合する小胞に含まれていることが予想されたため、Kif3b遺伝子ヘテロ欠損マウスの胎児から海馬初代培養を樹立しセミ超高解像レーザー顕微鏡を用いて免疫細胞化学的な観察を行ったところ、KIF3Bの減少により、スパイン表面におけるNMDARとPSD95の局在量、スパイン内のAPC量が有意に減少していることがわかり、KIF3複合体がこれらを輸送していることが示唆された。また海馬初代培養におけるスパインをセミ超高解像レーザー顕微鏡にて観察したところ、KIF3Bの減少によりスパインの数が減少することもわかった。蛍光タンパク質を結合させたNR2Aを海馬初代培養細胞に導入しライブイメージングを行ったところ、Kif3b遺伝子ヘテロ欠損細胞ではNR2Aの輸送が特異的に障害されており、KIF3BがNR2Aの輸送分子モーターとして機能していることが確認された。

はシナプス可塑性に重要な役割を担っていることが知られているため、研究チームは KIF3B の減少が神経回路網にどのような影響をもたらすのかを調べるため、海馬の急性スライスを作成して電気生理学的に解析。まず海馬の単一神経細胞にてパッチクランプ法を用いてAMPA型受容体(AMPAR)応答とNMDAR応答の比率を計測することにより、KIF3Bの減少によってNMDARの応答が減弱していることがわかった。これはスパイン表面に発現するNMDARの量がKIF3Bの輸送能低下により減少したためだと推測される。さらに海馬急性スライスで可塑性を誘導する刺激を与えたところ、Kif3b遺伝子ヘテロ欠損海馬では野生型に比べてシナプス長期増強(LTP)が亢進し、シナプス長期抑圧(LTD)が減弱していることがわかった。これらの電気生理学的特徴は、統合失調症の表現型としてこれまでに報告されたものとよく一致し、またNMDARの機能異常は統合失調症に関与していることが提唱されている。

統合失調症患者でKIF3Bタンパク質の機能低下が起きていることを確認

そこでヒトの統合失調症患者のR654Ter遺伝子変異が本当にKIF3Bタンパク質の機能低下をもたらしているかを、Kif3b遺伝子ヘテロマウスから初代培養した神経細胞に、全長のKIF3Bタンパク質を遺伝子工学的に強制発現する手法で調べた。まず、野生型のKIF3Bタンパク質を導入すると、スパイン表面のNR2A量を回復することができ、スパインの数も増加した。ところが、患者から同定されたヒト変異を導入したKIF3Bでは、どちらも回復することができなかった。したがってこの変異はまさしくKIF3Bの機能的欠損をもたらしていることが示唆された。

統合失調症は100人に1人が発症すると言われているが、発症メカニズムの全容が解明されていないため、その根本的な治療法はまだ確立していない。「今回の研究成果は、KIF3複合体がNR2A/APC複合体を輸送することで神経細胞シナプスの形態や可塑性を維持し、その機能的欠損が統合失調症をもたらすという新規の分子メカニズムを提唱するものであり、NMDAR が関与する統合失調症患者の治療法開発の基盤となる」と、研究グループは述べている。

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