これまで作成を試みたモデルマウスは胚性致死だった
理化学研究所(理研)は11月18日、「NGLY1欠損症」の病態解明や治療法開発に有用な動物モデルの開発に成功したと発表した。この研究は、理研開拓研究本部鈴木糖鎖代謝生化学研究室の藤平陽彦客員研究員(順天堂大学特任助教)、鈴木匡主任研究員らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、欧州の科学雑誌「Biochimica et Biophysica Acta – Molecular Basis of Disease」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
真核細胞の細胞質に広く存在する「ペプチド:N-グリカナーゼ(PNGase)」は、タンパク質の品質管理に関わるN-結合型糖鎖脱離酵素。PNGaseの遺伝子名はNgly1で、2012年に、ヒトにおいてNGLY1遺伝子の変異による遺伝性疾患の「NGLY1欠損症」が発見された。この疾患の症状は、発育不全、四肢の筋力低下、不随意運動、てんかん、脳波異常、新生児の肝機能障害、無涙症、背骨の彎曲など全身性で多岐にわたるが、病態発現のメカニズムはいまだ明らかにされていない。
鈴木糖鎖代謝生化学研究室ではこれまで、PNGaseの生理機能の研究を進めてきた。同研究室でこれまでに作出されたNgly1-KOマウスは、C57BL/6系統においては、胚発生過程で異常が生じ、胚性致死だった。また、同じ系統で別の糖鎖脱離酵素、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)遺伝子(Engase)を同時に欠損させると、一部致死性を回避して生存するマウスが生まれることがわかったが、その致死回避率は非常に低いため、マウスの数や条件をそろえることは難しく、治療のための動物実験は困難な状況だった。そこで今回、研究グループは、マウスの胚性致死性を回避し、かつ病態の一部を再現できるようなモデルマウスの確立を目指した。
肝細胞特異的欠損とすることで胚性致死の回避に成功
NGLY1欠損症の患児(特に新生児)に肝機能障害がしばしば見られることから、研究グループはまず、肝細胞特異的にNgly1遺伝子を欠損したマウス(肝細胞特異的Ngly1-KOマウス)を作出した。すると、このマウスは通常の飼育条件で正常に発育し、疾患の表現型を示さなかった。しかし、加齢に伴って細胞核の肥大化、および核構造の異常が生じることが、肝組織の組織染色および電子顕微鏡観察によってわかった。これまでNgly1-KOマウスの胚性致死は、Engase遺伝子の欠損によって抑制されることが知られていたが、この核の形態異常の表現型はEngaseを追加欠損させても、抑制されなかった。この結果は、核の形態異常がENGaseの関与する反応とは無関係に引き起こされることを示す。
これまで、Ngly1が転写因子Nfe2l1の活性化に必須であることが示されていた。そこで研究グループは、Nfe2l1が肝細胞特異的Ngly1-KOマウスで観察された肝細胞核の形態異常に関与するかの検証を実施。その検証前に、Ngly1欠損に起因する異常にENGaseとNfe2l1が同じ経路で関わっているかどうかを確認した。Ngly1欠損によってNfe2l1の機能が低下すると、細胞はプロテアソーム阻害剤に対して感受性を示す。そこでプロテアソーム阻害剤に対する感受性を、Ngly1欠損細胞、Ngly1/Engase-二重欠損細胞で調べたところ、双方がプロテアソーム阻害剤に対して同様の感受性を示すことがわかった。もしENGaseとNfe2l1が同じ経路で関与していれば、プロテアソーム阻害剤に対する感受性も回避できたはずだが、これらの結果から、少なくともNgly1欠損において、ENGaseが関与する経路とNfe2l1が関与する経路の2種類が独立して存在することが示された。
肝臓における病態発現メカニズムの解析、遺伝子治療法の検討などに有用
次に研究グループは、肝細胞におけるNgly1-KOの影響をさらに詳しく調べるために、肝細胞特異的Ngly1-KOおよびコントロールマウスの肝臓の網羅的な転写プロファイルの解析を行った。その結果、活性酸素の発生や薬物代謝、酸化ストレス、脂質代謝に関与する遺伝子の発現変化が認められた。しかし、Nfe2l1が制御する分子には顕著な発現変化が認められなかった。
また、これらのマウスに高フルクトース餌などの食事ストレスを与えると、肝細胞特異的Ngly1-KOマウスで顕著に脂肪肝の症状を呈することが明らかとなった。脂肪肝は高脂肪餌、非アルコール性脂肪肝炎を引き起こすメチオニン/コリン欠乏餌でも引き起こされることから、肝臓においてNgly1が正常な脂質代謝に重要な役割を果たすことが示された。また、肝臓においてNfe2l1の局在に異常が生じていることが示唆され、少なくとも肝臓で見出される異常の一部はNfe2l1の機能異常によってもたらされる可能性が示された。
これらの結果から、Ngly1は肝細胞において核の形態保持と脂質代謝に重要な役割を果たすことがわかり、今回作製した肝細胞特異的Ngly1-KOマウスはNGLY1欠損症における肝機能障害の解析に有用なモデル動物となる可能性が示された。研究グループは、同研究に参画した複数の研究機関との連携を今後さらに深めることで、NGLY1欠損症の病態解明と治療法の開発に向けた研究を加速していくことを目指していくとしている。
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・理化学研究所 研究成果