最も多く処方されている「GABA受容体作動薬」と比較
筑波大学は11月12日、覚醒の維持に重要な物質であるオレキシンの働きをブロックすることで、入眠と睡眠状態の維持を促すオレキシン阻害薬は身体機能と認知機能を低下させる作用が少なく、特に平衡機能への副作用が小さいことがわかったと発表した。この研究は、同大国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の徳山薫平教授、同・小久保利雄教授、同大人間総合科学研究科体育科学専攻の薛載勲博士課程学生、藤井悠也博士課程学生(大藏研究室)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proc Natl Acad Sci USA」オンライン版で公開されている。
画像はリリースより
現在、日本人の10~15%、高齢者の30〜60%が不眠症に悩んでいると言われている。不眠症の治療は、薬物療法を中心に行われているが、既存の不眠症治療薬は、その副作用がしばしば問題となっている。最も多く処方されているGABA受容体作動薬は、脳に広範に分布する約200億個のGABA神経に働きかけて脳の活動を広範囲に抑制することで効果を発揮するため、睡眠導入以外にも、ふらつきやめまいなど、さまざまな作用を引き起こす。
一方、オレキシンは櫻井武教授と柳沢正史教授(WPI-IIIS)らが1998年に発見した、覚醒を維持する働きを持つ神経ペプチド。その受容体の阻害薬が不眠症治療薬として開発され、2014年に臨床応用が開始された。オレキシン神経は脳全体で10万個と少なく、覚醒系を選択的に鎮めることで睡眠を促すと考えられており、これまでの不眠症治療薬とは作用機序が異なる、新しい不眠症治療薬とされている。
そこで今回、研究グループは従来のGABA受容体作動薬とオレキシン受容体阻害薬について、不眠症治療薬としての効果を比較した。
今後は不眠症の人や高齢者にも対象を広げて検証予定
研究グループは、健常若年成人男性30名を被験者とし、二重盲検ランダム化比較試験を実施。まず、オレキシン阻害薬(スボレキサント20mg)、GABA作動薬(ブロチゾラム0.25mg)あるいは偽薬を就寝15分前に被験者に投与して就寝させ、睡眠導入薬の血中濃度がピークとなる服用90分後に強制的に覚醒させて、身体機能(重心動揺テスト、敏捷性と動的バランステスト、全身選択反応時間、パデューペグテスト)および認知機能(ストループ検査)測定を行った。テスト終了後には再び就寝させ、睡眠とエネルギー代謝の測定を翌朝まで続けた。
その結果、強制覚醒後のテストでは偽薬を服用した場合でも、身体機能や認知機能の低下が認められたが、GABA作動薬ではその低下がさらに大きく、一方、オレキシン阻害薬服用後の身体機能および認知機能の低下は、偽薬を服用した場合とほぼ同等だった。不眠症治療薬を服用する高齢者の中には、睡眠の途中で起きてトイレに行く者もおり、転倒やそれに伴なう骨折が不眠症治療薬の重篤な副作用のひとつとして報告されている。平衡機能の指標となる重心動揺テストにおいて、オレキシン阻害薬がGABA作動薬よりも良い成績であったことは、特に重要な知見と考えられる。
また、強制覚醒後に25分間かけて各種テストを行った後に再び就寝させたところ、偽薬を服用した場合では、床についてから入眠までに要する時間の平均(平均睡眠潜時)が24.3分と延長したが、GABA作動薬では2.1分、オレキシン阻害薬では2.6分で再び入眠した。2種類の不眠症治療薬が睡眠の質に及ぼす影響は異なっており、GABA作動薬は浅睡眠を増やし、オレキシン阻害薬はレム睡眠を増やすことが明らかとなった。また、各種テスト終了後に再び就寝すると、オレキシン阻害薬を服用した被験者の多くに、睡眠開始時レム睡眠期が観察された。
今回の研究では、不眠症治療薬の血中濃度がピークとなる服用90分後に身体機能と認知機能テストを実施するため、試験途中の転倒リスク等を考慮して、健康な若年成人男性で試験を行ったが、今後は不眠症に悩む人や高齢者にも対象を広げて検証する予定。また、同研究で、就寝中の被験者のエネルギー代謝測定を同時に行った結果、不眠症治療薬が睡眠時のエネルギー消費量を低下させ、また酸化する基質の選択にも影響を及ぼすという知見を得たという。しかし、身体機能と認知機能テストを行うために、睡眠の途中で覚醒させ、エネルギー代謝測定室(ヒューマン・カロリメーター)から一時退出するプロトコールで実験を進めたため、不眠症治療薬が最も効いていると思われる25分間の睡眠とエネルギー代謝についての知見は得られなかった。研究グループは、今後は不眠症治療薬を服用して就寝した場合の睡眠時間全体でのエネルギー代謝の解析を進める予定としている。
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