妊婦が黄砂にさらされると常位胎盤の早期剥離が発生?
東邦大学は11月8日、ヒトを対象としたデータを統計的に分析した疫学研究から、妊婦が黄砂にさらされると、常位胎盤の早期剥離が発生し出産が増加している可能性があることを発表した。この研究は、同大医学部社会医学講座衛生学分野の道川武紘講師、西脇祐司教授らの研究グループが、九州大学大学院医学研究院、国立環境研究所と共同で行ったもの。研究成果は産科婦人科学専門誌「An International Journal of Obstetrics and Gynaecology(BJOG)」に掲載されている。
画像はリリースより
アジア内陸部の砂漠由来の砂ぼこりが偏西風に乗って日本を含む東アジアの国々に飛来する黄砂は、微生物や大気汚染物質を巻き込んで日本に到達するため、ヒトへの健康影響が心配されている。黄砂飛来後は呼吸器や循環器の急性疾患が増加するという研究報告があるが、妊婦自身やおなかの子どもへの影響については不明だった。
研究グループは、妊婦への健康影響として、産科救急疾患である常位胎盤早期剥離に注目。全妊婦の1%ほどに発生するとされる早期剥離によって、妊婦については出血が多くなる、胎児については胎盤を通した酸素や栄養供給が絶たれ、母と子と両方の命に関わることが知られている。発生機序はわかっていないが、もともと形成不全のある胎盤に炎症などの刺激が加わることで胎盤血管から出血が起こり、時間とともに大きくなる血のかたまりによって胎盤が子宮の壁からはがれてくるのではないかという学説がある。これを踏まえ、妊婦が黄砂にさらされると全身性の炎症が起こり早期剥離を起こしやすくなるのではないかと仮説を立て、検証を行った。
出産の1~2日前に黄砂飛来で早期剥離が40%増加
研究グループはまず、調査対象となる地域と期間を設定し、黄砂飛来の日を定めた。地域は宮城県、茨城県、千葉県、東京都、新潟県、富山県、大阪府、島根県、長崎県の9都府県。これらはいずれも「ライダー」と呼ばれる黄砂の濃度分布(上空)を計測できる装置が設置されている地域だ。また、PM2.5より大きめの粒子を含む浮遊粒子状物質の濃度を考慮し、2009~2014年の6年間から飛来したと推測される日を定めた。
出産に関するデータは、日本産科婦人科学会(周産期委員会)による周産期登録データベースを用いた。対象の9都府県で2009~2014年にかけてこの登録事業に協力した113病院から得られた単胎出産妊婦3,014人について、妊娠年齢、喫煙、血圧などの影響と、気象要因(気温、湿度、気圧)を考慮し、出産日を起点に1~6日前の黄砂が早期剥離を伴う出産と関連しているのか検討した。前提として、早期剥離発生から出産まで1日以内とした。
その結果、出産の1~2日前(前日と2日前のいずれかあるいは両方)に黄砂が飛来していた場合、黄砂がない日と比較して早期剥離が40%増加(95%信頼区間:0~100%)していた。また、黄砂飛来時には二酸化窒素、二酸化硫黄や光化学オキシダントなどの大気汚染物質の濃度が高くなる傾向があるため、統計学的にそれらの要因の影響を取り除いて分析。この結果も、黄砂と早期剥離の関連性が認められた。また、妊娠35週以降の緊急分娩に絞ると、増加率60%(95%信頼区間:0~170%)だった。
推察される機序として、黄砂とともに飛来する微生物の中に「グラム陰性桿菌」が含まれ、これにより妊婦に炎症が起こり早産を誘発した可能性や、または、大気汚染物質中の二酸化窒素が早期剥離に影響した可能性もあるという。あるいは、黄砂により喘息症状が悪化し、それが早期剥離を引き起こしたとも考えられる。
同研究結果は、早期剥離の発症機序を解明する糸口になる可能性がある。研究グループは「今後も妊婦やその子どもの健康に影響する環境因子を明らかにしていくことで、母子保健の向上を目指す取り組みにつなげていきたいと考えている」と、述べている。
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・東邦大学 プレスリリース