皮膚におけるセラミド結合のメカニズムと先天性魚鱗癬の発症メカニズムを研究
名古屋大学は11月6日、SDR9C7というタンパク質が、皮膚バリアの形成に必須なセラミドの結合において重要な働きをしていることを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科皮膚科学の武市拓也講師、秋山真志教授、Department of Pharmacology and the Vanderbilt Institute of Chemical Biology、Vanderbilt UniversityのAlan R. Brash教授、公益財団法人東京都医学総合研究所細胞膜研究室の平林哲也主席研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Clinical Investigation」に掲載されている。
画像はリリースより
皮膚の最も外側にある「角層」は皮膚のバリア機能や水分保持機能に重要な役割を持つ。角層は、角質細胞とその細胞間を埋める角層細胞間脂質層で形成されているが、角層細胞の辺縁にある周辺帯タンパク質と角層細胞間脂質層は、成分が異質だ。それらがバラバラに存在していてはバリアとして機能できないため、脂質の中でも特異な構造を持つ「セラミド」が、周辺帯タンパク質と角層細胞間脂質層を架橋して、皮膚のバリアを完成させている。この架橋するセラミドの層は角質細胞脂質エンベロープ(corneocyte lipid envelope:CLE)と呼ばれ、皮膚のバリアにとって最も重要な構造のひとつ。ところが、これまでセラミドがCLEを形成する際に周辺帯タンパク質と結合するメカニズムは、明らかになっていなかった。
一方、皮膚のバリア機能は、病原体やアレルゲンなどの侵入を阻止する生体の防護壁のような役割と、体内の水分が体外に出ていくのを防ぐ保湿機能としての役割を担っている。そのため、皮膚のバリア機能の異常はアトピー性皮膚炎や先天性魚鱗癬などの皮膚疾患を引き起こす。先天性魚鱗癬とは、生まれた時から皮膚の表面がめくれて赤くなったり、厚く、硬くなったりする病気で、患者によって程度の違いはあるが、皮膚の症状は多くの患者では生涯続く。2016年に先天性魚鱗癬の新しい原因遺伝子としてSDR9C7遺伝子が報告されたが、SDR9C7遺伝子の変異が先天性魚鱗癬を引き起こすメカニズムは明らかになっていなかった。
そこで研究グループは、セラミドがCLEを形成する際に周辺帯タンパク質と結合するメカニズムと、SDR9C7遺伝子の変異が先天性魚鱗癬を引き起こすメカニズムを明らかにするために、SDR9C7遺伝子変異を持つ先天性魚鱗癬患者と、Sdr9c7遺伝子を人為的に破壊したマウス(Sdr9c7欠損マウス)について、遺伝子発現差解析、形態学的分析、脂質成分分析などの方法を用いて詳細に病態を解析した。さらに、野生型のSDR9C7タンパク質と先天性魚鱗癬患者に見られる変異型SDR9C7タンパク質について、それらの酵素活性を測定して両者を比較した。
SDR9C7がセラミド結合に重要、同遺伝子変異の先天性魚鱗癬は皮膚バリア形成過程の異常で惹起
研究グループはまず、既に病気の原因と認められている遺伝子に変異を認めない先天性魚鱗癬患者のDNAを用いて全エクソームシークエンス解析を行い、未報告のSDR9C7遺伝子変異を同定した。同患者の皮膚組織では、健常人と比較してSDR9C7タンパク質の発現が明らかに減っていた。患者から採取した皮膚の角層についての脂質成分分析では、対照健常人の角層と比較して、主にCLEを担っている結合型のセラミドの含有量の低下が認められた。
次に研究グループは、Sdr9c7欠損マウスを樹立し、同マウスと野生型マウスの間で脂質成分分析を行った。その結果、Sdr9c7欠損マウスの皮膚組織では、野生型マウスと比較して結合型のセラミドの含有量が低下していると判明。またSdr9c7欠損マウスでは、ケトン体の脂肪酸を持つアシルセラミドのほぼ完全な損失と、野生型マウスではほとんど見られない、トリオールの脂肪酸を持つアシルセラミドの蓄積が認められた。
さらに、SDR9C7が直接関与する脂質の代謝経路を見つけるために、野生型のSDR9C7タンパク質と先天性魚鱗癬の患者に見られる変異型SDR9C7タンパク質を作成し、酵素活性を測定。その結果、SDR9C7は、アシルセラミドの持つ脂肪酸のアルコール基をケトン基へ変換する、脱水素反応を触媒する酵素であることがわかった。また変異型SDR9C7タンパク質は、この経路の酵素活性において著しい低下が見られた。これらの結果より、角層の周辺帯タンパク質とCLEの結合に、SDR9C7が重要な働きをしていることが明らかになった。SDR9C7によって産生される、ケトン体の脂肪酸を持つアシルセラミドは、特定の酵素反応を必要とせず、マイケル付加、あるいは、シッフ塩基の形成を介したピロール環形成により周辺帯タンパク質と結合すると考えられる。患者の皮膚でSDR9C7タンパク質の機能低下が起こると、角層で周辺帯タンパク質へのCLEの結合がうまくできなくなり、皮膚バリアに障害が生じ、先天性魚鱗癬を発症するというわけだ。
今回の研究成果から、SDR9C7タンパク質が皮膚バリアの形成過程において非常に重要な働きをしていることが明らかになった。「この成果により、皮膚バリアの形成の詳細なメカニズムが明らかになるとともに、難病である先天性魚鱗癬のみならず、皮膚バリアの障害によって起きるアトピー性皮膚炎や他のアレルギー疾患の病態の解明と、SDR9C7を標的とした新規治療法の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
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