脳の形成初期に重要な脊索前板でSHHを制御するエンハンサーを探索
国立遺伝学研究所は11月5日、脳の形成に重要な「遺伝子の働きを制御する」仕組みを発見したと発表した。この研究は、同研究所の嵯峨井知子博士研究員、城石俊彦名誉教授(現理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター(BRC)センター長)、理研BRCの天野孝紀チームリーダーらの共同研究グループによるもの。研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載されている。
画像はリリースより
全前脳胞症は、胎児期の前脳形成不全に起因した先天異常で、大脳不分離や眼間狭小、鼻中隔欠損、口唇・口蓋裂などの脳と顔面正中部の形成障害を特徴としている。発症の原因は多岐にわたり、遺伝性要因としていくつかの遺伝子の関与が知られている。中でも組織分化誘導因子のソニックヘッジホック(SHH)は、疾患発症との強い相関が認められている。マウスの発生学研究から、Shh遺伝子が脳形成に重要な二つの部位、すなわち中軸中胚葉の「脊索前板」と、その直上に存在して最終的に脳に分化する「神経上皮」に発現することがわかっていた。脊索前板で分泌されたSHHタンパク質は、直上に存在する神経上皮に働きかけ、その神経上皮からさらにSHHタンパク質が分泌される。このSHHが、周辺の神経上皮で他の神経分化遺伝子を活性化し、前脳正中部の形態形成を促進する。発生過程の脳でShhの発現を調節するDNA配列として、今まで6つのエンハンサーが同定・報告されていたが、脳の形成初期に重要な脊索前板でどのようなエンハンサーがShhを制御しているのかはわかっていなかった。
7つ目となるSBE7を発見、これが脳分化の初期エンハンサーだった
研究グループは、脊索前板でのShh発現制御機構が明らかになれば、全前脳胞症の最も初期の発症メカニズムが明らかになると考え、解析を実施。その結果、7番目となるShhの脳エンハンサーを発見し、SBE7と名付けた。SBE7は、既知の前脳エンハンサーであるSBE2・SBE3・SBE4の近傍のゲノム領域に見つかり、SBE2~4と同様にマウス胚の前脳領域正中部での発現制御活性があった。注目すべきは、SBE7が脊索前板でのShh発現も制御していたこと。これにより、SBE7 が脊索前板から前脳正中部へのSHHシグナルの橋渡しに寄与する脳分化の初期エンハンサーであることが判明した。
続いて研究グループは、発見したSBE7をゲノム編集によってマウスのShh遺伝子座から除去。すると、脊索前板ならびに前脳領域正中部でShhが発現しなくなり、左右の目の間の距離の短縮、鼻や口の正中構造の形成不全が見られた。このことは脊索前板から前脳正中部へのSHHシグナルの伝達がうまく機能していないことを示す。さらに、脳の内部構造をX線マイクロトモグラフィーX 線μCT)で詳細に調べたところ、大脳の左右不分離や脳正中構造の欠失という、ヒト全前脳胞症の症状によく似た形態異常が観察された。これらの組織学的な解析の結果は、SBE7が前脳形成に必須の役割を果たすこと強く示している。
一方で、既知の前脳エンハンサーSBE2・SBE3・SBE4 を同時に全て欠損させたゲノム編集マウスを作製したところ、脳の下垂体領域や鼻など SBE7欠損マウスで異常が確認された組織と同じ場所に、軽度の形態的な異常が認められた。これは、前脳と顔の形成過程に、SBE7だけでなく他の前脳エンハンサーも協調的にはたらく可能性を示している。
発生後期のエンハンサーはまだ他にある可能性
エンハンサーSBE7は、マウスの脳発生初期のShh遺伝子の発現場所ではたらいているため、脳発生初期の発現制御にはSBE7が重要な役割を果たしていると考えられる。しかし、発生後期では、SBE7のエンハンサー活性と実際のShhの発現場所がずれていた。このことから、発生後期のSBE7はエンハンサーとしての機能を十分に発揮できず、他のエンハンサーがShh遺伝子の発現制御を引き継いで、前脳領域正中部の発生と分化に関係しているのではないかと予想される。
今回の、脳形成のトリガーとなるShhエンハンサーの発見は、脳の発生メカニズムや全前脳胞症の発症メカニズムの解明に大きく貢献することが期待される。「将来的にSBE7に結合する転写調節因子を突き止められれば、全前脳胞症や類縁疾患に関わる未知の遺伝要因の解明が一層進むことが期待できる」と、研究グループは述べている。
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・国立遺伝学研究所 プレスリリース