感情や行動の調節を担う脳内モノアミン量の視覚化にマウスで成功
慶應義塾大学は10月30日、質量分析イメージング技術を高精度化し、感情や行動の調節を担うモノアミンの量(セロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリン)をマウス全脳で視覚化することに成功したと発表した。この研究は、慶應義塾大学医学部の杉浦悠毅専任講師、末松誠客員教授、静岡県立大学の杉山栄二助教(研究当時:慶應義塾大学医学部特任助教)らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。
画像はリリースより
脳内モノアミンは、少数の特殊なニューロンが用いる神経伝達物質で、感情や行動の調節を担う。現在、うつ病や注意欠陥・多動性障害(ADHD)の治療には、脳内モノアミン量を調節する医薬品が欠かせない存在となっている。しかし、脳内モノアミンが「どこ」に「どれだけ」存在し、病気や治療によりどのように変化するのかは未だに不明であり、治療効果や副作用が生じる詳細なメカニズムが不明だった。その背景には、各神経核に含まれるモノアミンの量的関係を脳全体に渡って調べることが技術的に困難という課題があった。
研究グループは以前より、さまざまな分子の分布を調査できる質量分析イメージングの開発を進めてきた。近年では、免疫細胞の活性化により生じた脳内モノアミン量の低下を可視化することに成功している。今回、内標準法を適用することで、多数の測定結果を比較できる高精度な分析法を構築し、マウス全脳のモノアミンマッピングを実施した。
視床室傍核がセロトニン神経系とノルエピネフリン神経系をつなぐ重要な神経核と示唆
研究グループは、今回マウス脳で作成したモノアミンアトラス(脳地図)から、新たに複数のモノアミン集積核を同定。2種類のモノアミンが共に集積する神経核の存在も明らかとなった。なかでも、視床室傍核(PVT)と呼ばれる神経核に、セロトニンとノルエピネフリンが極めて多く集積していることを発見。これらの結果から、PVT はセロトニン神経系とノルエピネフリン神経系をつなぐ重要な神経核であることが示唆された。
続いて研究グループは、各神経核におけるセロトニンの量と機能の関わりを調査するために、脳内でトリプトファンとセロトニンが不足し衝動的行動を示す「急性トリプトファン欠乏(ATD)モデルマウス」を解析。このマウスは、食事制限後、トリプトファンを含まないアミノ酸混液を飲ませることにより作製できる。また、トリプトファンを添加したアミノ酸混液を服用させたマウスは、ATDモデルマウスに生じる行動異常を示さない。ATDに伴う行動異常は古くから知られていたものの、どの神経核のセロトニン濃度低下が行動異常に関わっているのかは不明なままだった。今回、PVTのセロトニン量を解析したところ、ATDモデルマウスでは、正常マウスと比較し顕著に低い値になった。また、トリプトファンを含むアミノ酸混液を服用させたマウスでは、PVTのセロトニン量は正常に近い値だった。一方、このATDモデルマウスに特徴的なセロトニン量の減少は、黒質や海馬といった他の神経核には認められなかった。これらの結果は、PVTのセロトニン量低下が、ATDに伴う行動異常に関与していることを示唆している。
加えて、正常マウスを用いて、セロトニン神経核として知られる縫線核で合成されたセロトニンの各神経核への供給量を解析。その結果、正常時のセロトニン供給は、海馬よりもPVTや黒質に優先的であることが明らかになった。以上の結果から、ATDモデルマウスで生じる行動異常にはPVTのセロトニン量の減少が関与していること、またそれが縫線核からの供給量の減少によって生じることが示唆された。PVTの機能不全は恐怖記憶やうつ病発症につながることが知られており、今回の成果により、PVTにおけるモノアミン代謝がこれらの疾患の新しい創薬標的として有望である可能性が示された。研究グループは今後、うつ病や注意欠陥・多動性障害(ADHD)におけるモノアミン代謝の変容や、霊長類における脳内モノアミン分布の解明を進める予定としている。
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