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後天的Y染色体喪失(mLOY)、日本人男性における仕組みや意義を解明-理研ら

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2019年10月21日 AM11:00

欧米人では加齢や喫煙と強い相関のmLOY、日本人では?

(理研)は10月17日、男性の性染色体であるY染色体を喪失した細胞が血中に増加する現象()における遺伝機構や重要な血液細胞の分化段階、転写因子などを明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー、鎌谷洋一郎客員主管研究員(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより

ヒトは22対の常染色体と1対の性染色体を持っており、女性の性染色体はXXで、男性の性染色体はXY。男性特有の性染色体であるY染色体は、X染色体に比べて短く、遺伝子の数も少ないという特徴がある。ヒトの体は、受精後に細胞分裂を繰り返し、生殖細胞の一部以外は基本的に同じDNA配列を持った細胞で構成される。しかし、以前よりY染色体を喪失した細胞がしばしば見られることが知られており、これを「Y染色体を喪失した細胞とY染色体を維持した細胞がモザイクとなった状態(mosaic loss of chromosome Y:mLOY) という。そして、mLOYは加齢や喫煙に強く相関しており、加齢や喫煙に伴ってY染色体が喪失した細胞が増えることがわかってきた。

その後、欧米人の検体を用いた研究により、mLOYが発がんのリスクとなる可能性や、がん患者の予後不良に関わる可能性が示された。また、一塩基多型(SNP)を用いた詳しいゲノムワイド関連解析(GWAS)により、mLOYに関わる遺伝子も見つかっており、2017年には、英国のUKバイオバンクのデータを用いた研究により、19のmLOY関連遺伝子が見つかっている。一方、これまで報告されてきた研究の多くはヨーロッパ系人種における解析であり、日本人をはじめアジア系人種における解析はほとんど進んでいなかった。そこで国際共同研究グループは、日本人における大規模コホートである、東京大学医科学研究所が管理するバイオバンク・ジャパン(BBJ)に登録された男性のデータを解析し、日本人におけるmLOYの発生と関連遺伝子領域、遺伝的なデータが示すmLOYの分子機構や臨床的な意義について解析を試みた。

BBJデータの解析で日本人特有の7領域を含む31領域を新たに発見、やはり加齢や喫煙と強く関連

研究グループはまず、2017年の英国の報告に類似の方法で、BBJに登録された男性9万5,380人のDNAマイクロアレイデータを用いて、Y染色体の遺伝的多型(この場合はSNP)のシグナルの強さをもとに、各個人のY染色体の相対量(mLOYシグナル)を推定した。mLOYシグナルは、各個人の血中の細胞の中で、Y染色体の喪失が起こっている細胞と起こっていない細胞の比率の推定値を表しており、mLOYシグナルが強いほどY染色体の相対量が少ないことを示す。同手法で推定したmLOYシグナルがこれまで報告された加齢や喫煙といった指標と関連しているか調べた結果、mLOYシグナルは、それらと強く関連していることが明らかになった。

次に、GWASにより、mLOYシグナルと関連する生まれつきの遺伝的多型を探索。日本人約1,000人を含む参照配列を用いて、全ゲノム領域の遺伝的多型(主にSNP)の遺伝子型を推定し、混合効果モデルという手法によって解析した結果、46の遺伝領域がmLOYシグナルと有意に関連していることがわかった。これら46の領域にはがん関連遺伝子が多く含まれており、細胞分裂の遺伝子パスウェイに集中が見られた。これら46領域のうち、31領域は今回新たに発見されたものだった。また、46領域の中で4領域は2つの独立したシグナルを持つこと(1つの領域の中の複数のSNPが独立してmLOYと関連すること)、15領域は既報の19領域に含まれていることもわかった。

さらに、46領域の中で39の領域の遺伝的多型が、英国人でもある程度の遺伝的多型性を示すこと、そのうち37の遺伝的多型のアレルは日本人と同じmLOYを増やす方向で関連していた。このことは、mLOYが人種共通の遺伝的背景を持っていて、また、このような先天的な遺伝的多型が、mLOYという後天的な形質を規定していることを意味する。一方で、46領域の中の7領域は英国人では遺伝的多型性が低く、日本人データだからこそ判明した関連領域だった。さらに、英国人で最も強く関連していた領域は、今回日本人では全く関連を認めなかった。

造血幹細胞と多能性前駆細胞のFLI1がmLOYのマーカーに

また、mLOYにおいての細胞特異性を調べるために、46領域の各領域の中で最も強い関連を示す遺伝的多型が、細胞特異性が高いエンハンサー領域に集中していないかを調べた。その結果、造血幹細胞のエンハンサーと強く関連することが判明。さらに、有意水準に満たない領域に関して、mLOYの遺伝率を解析したところ、やはり造血系の細胞群にmLOYとの関連が見られ、しかも造血幹細胞や血液前駆細胞のマーカーであるCD34陽性細胞のエピゲノム変化が見られるDNA塩基に集中していることがわかった。このことは、造血幹細胞や血液前駆細胞に発現している遺伝子がmLOYの発生に重要である、つまり、造血の早い段階からY染色体が喪失した細胞が出現し、その細胞由来の血液細胞が増殖することで、Y染色体を維持した血液細胞とのモザイク状態となることを強く示唆している。

造血のどの段階における遺伝子がmLOYの発生に重要なのかを調べるため、連鎖不平衡スコア回帰と呼ばれる手法を用いて、造血の詳細な分化段階での遺伝子発現データと強く関連するATACシーケンスデータを解析した結果、mLOYは、造血幹細胞と造血幹細胞が分化した段階と考えられている多能性前駆細胞の2つの細胞のデータと強く関連していることがわかった。さらに、造血幹細胞や血液前駆細胞における転写因子の結合部分とmLOYとの関連を調べた結果、血小板と赤血球のどちらに分化するかを決定する転写因子FLI1の結合がmLOYと最も強く関連していた。そこで、血中の血小板あるいは赤血球がmLOYのマーカーとなりうる可能性を調べた。その結果、血小板数が多い人ほどmLOYの程度の強い人が多く、反対に赤血球数が多いほどmLOYの程度の弱い人が多いことが判明。このことは、解析で示されたFLI1のmLOYに対する影響が実際の検査結果からも示されただけでなく、血小板・赤血球・それらの比率がmLOYのマーカーとして使える可能性を示している。

総死亡率やがんの死亡率とmLOYとの明確な関連は認められず

最後に、mLOYの臨床的意味合いを調べるため、BBJの生存調査のデータと組み合わせて解析した。mLOYのデータのあるBBJに登録された男性のうち、解析可能な5万4,887人について解析した結果、mLOYはごくわずかに死亡率の上昇と関連する傾向にあったが、明確な差はなかった。そして、がんの死亡率の上昇との関連を調べた結果、mLOYは肺がんの死亡率の上昇と関わっている可能性があった。しかし、mLOYは喫煙と関連しており、喫煙は肺がんと関連している。非喫煙者のみで行った解析では、mLOYと肺がんの死亡率との関連は認められなかった。当初の肺がん死亡率との関連解析では、喫煙の影響を除くように補正していたが、この補正が十分でない可能性があり、mLOYと肺がんの死亡率の関連は明確でないと考えられた。

今回の研究成果は、加齢に伴う染色体変化やがんの発生機構の解明に向けた基礎医学とY染色体喪失を予測する臨床医学の進歩に貢献すると期待できるもの。また、DNAマイクロアレイデータのシグナル情報は、これまで生まれつきの変異の同定にのみに使われてきたが、今回、このデータには後天的な染色体変化の情報が含まれていることが明確になり、そのメカニズムの一端が解明された。「今後、既に利用可能なこれらのシグナル情報を集約させることによって、日本人に特有な機構を含む詳細なmLOYの機構が解明され、老化やがん化のメカニズムの解明につながると期待できる」と、研究グループは述べている。

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