優位性関係と空間的位置の結びつきはいつ、どのように獲得されるのかを検証
京都大学は10月10日、まだ言葉の話せない1歳児が、高い場所に立つ者が低い場所に立つ者に負ける場面を見ると驚くような行動を示す実験結果から、乳幼児が空間的に上にいる者が社会的に優位であることを期待することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院教育学研究科の孟憲巍外国人特別研究員(現・同志社大学赤ちゃん学研究センター特任助教)、森口佑介准教授、九州大学大学院人間環境学研究院の橋彌和秀准教授らのグループによるもの。研究成果は、国際学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
「目上の人・目下の人」という表現や、オリンピック・パラリンピック競技大会などで表彰台の高いところには勝者が立つなどというように、ヒトはしばしば社会的な優位性や地位(上下関係)を空間位置で表現する。優位性関係と空間的位置の結びつきがいつ、どのように獲得されているのかについて最近の研究によれば、優位性関係を評価する能力が生後1年目にすでに見られることがわかっている。
例えば、体の大きなキャラクターが体の小さなキャラクターに倒されて負ける場面を見ると、10か月の乳児も驚くという報告がある。研究グループは、このような知見を考慮し、言語獲得する以前の乳幼児でも、すでに優位性関係と空間的位置を結びつけている可能性があると考えた。
前言語期の乳児が空間的上下と社会的上下を結びつけていることが判明
研究グループは今回、生後12~16か月児を対象として、優位性関係と空間的位置の結びつきが見られるかどうかについて実験的に調査。乳幼児が、空間的に上にいる個体が、下にいる個体より優位であることを期待(予測)するかを調べた。実験では、2つのキャラクターが同時に画面上の高いと低い場所に出現する場面を繰り返して提示したあと、キャラクターらが1つの魅力的なものを取り合い、結果的にはどちらか一方がそのものを手に入れる動画を乳幼児に見てもらった(実験1)。
乳幼児が動画をどのくらい見たかを視線計測装置やビデオカメラで計測したうえで解析。もし乳幼児が「上のキャラクター」が優位であると認識しているならば、「上のキャラクター」が「下のキャラクター」に負ける結末、つまり、ものが「下のキャラクター」にとられる結末を見た際に、乳幼児が驚いて(飽きずに)画面に対して(その逆の場面と比べて)より長い注視時間を示すと予測される。このロジックに基づいた研究法が「期待違反法」と言われ、特に乳幼児を対象とした研究では広く使われている。実験1では、事前調査で大人にわかりやすかった表彰台のような台を用いてキャラクターの空間位置関係を提示。その結果、乳幼児が「上のキャラクター」が「下のキャラクター」に負ける結末を見たあとに(その逆の結末を見たときと比べて)、画面に対してより長い注視時間を示した。また、乳幼児の月齢や、性別、個人差といった参加者の属性や、キャラクターの色、勝ち負けの順番などといった動画の属性は、結果に関係しなかった。つまり、「上のキャラクター」が「下のキャラクター」に負ける結末を見たあとの長い注視時間は、その結末が「上のキャラクターが優位であり勝負に勝つだろう」という乳幼児の期待に反したことから生じるものだという可能性が高いと考えられる。
そして、実験1の結果が信頼性の高いものか、それともたまたま得られたものかを検討するために、実験2と実験3を実施。実験2では、ふたつのキャラクターを互いに真上、真下になるように提示することで、より純粋に上下位置関係の効果を調べた。実験3では、実験2を別の実験環境(例えばより大きなモニター)で検討。その結果、全ての実験において、乳幼児は「下のキャラクター」が負ける結末をより長く見ていた。総じて、乳幼児が、空間的に上にいる個体が、下にいる個体より優位であることを期待(予測)することが明らかになった。
自分と他者や他者同士の優位性関係を判断したうえで行動することは、そのこと自体の良し悪しとは別に、社会関係を円滑にする上で一定の機能を果たしている。今回の研究成果により、社会的経験も言語的経験も少ない1歳の乳児も空間的位置関係に基づいて優位性関係を判断することが明らかにされた。優位性関係と空間的位置の結びつきが前言語の乳幼児にも見られるという研究結果は、その結びつきが言語を介して獲得されるものだという仮説に疑問を呈するものと言える。研究グループは、「今後は、より低い月齢の乳児の反応様式を調べることや、ヒト以外の種に関する認知傾向を踏まえた考察を通して、優位性関係の判断が生得的に近いものなのか、生後の経験によるものなのかを検討する予定。また、それらの判断を行う際の脳活動を調べることで、ヒトの社会的な認知を支える生物的な基盤を検討していく予定」と、述べている。
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・京都大学 研究成果