肺血管壁の異常な細胞増殖を抑える根本的な治療薬は未だ実用化されず
東北大学は10月10日、催吐剤の主成分「エメチン」が肺動脈性肺高血圧症に対して治療効果を示すことを世界に先駆けて発見したと発表した。この研究は、同大学大学院医学系研究科循環器内科学分野の下川宏明教授、佐藤公雄准教授、Mohammad Abdul Hai Siddique研究員の研究グループによるもの。研究成果は、米国心臓協会(AHA)の学会誌「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」(電子版)に掲載された。
肺動脈性肺高血圧症は、肺動脈壁の細胞が異常に増殖することで肺動脈が狭窄・閉塞し、心臓から肺に向かう肺動脈の血圧が高くなった結果、心臓の右心室と右心房に過剰な負荷がかかり右心不全をきたして死に至る国の指定難病。同疾患は治療抵抗性を有することが多く、複数の薬を組み合わせた治療や、最終的には肺移植が必要となることもある。特に、肺動脈性肺高血圧症の治療に現在用いられている内服薬は、狭くなった血管を拡張させ、血管抵抗を下げることにより肺動脈の血圧を下げる効果を狙ったもので、肺血管壁の異常な細胞増殖そのものを抑える根本的な治療薬は未だ実用化されていない。
エメチンに炎症抑制作用や酸化ストレス抑制作用、モデル動物で顕著な治療効果
下川教授の研究グループは、東北大学大学院薬学研究科との共同研究により、東北大学に存在する独自の化合物ライブラリー5,562種類を用いて、アカデミア創薬スクリーニングを実施。肺動脈性肺高血圧症患者由来の異常な増殖性を示す肺動脈血管平滑筋細胞を用いて、細胞の増殖抑制を指標として治療薬候補の探索を行い、健常者由来の細胞には影響のない化合物としてエメチンを発見した。エメチンが細胞増殖抑制にどのように作用するか詳細に解析したところ、抗炎症作用や酸化ストレス抑制作用があることを発見し、これらの結果として患者由来細胞の異常増殖を抑制することが明らかになったという。
画像はリリースより
エメチンは酸化ストレスを増幅するタンパク質(サイクロフィリンAとその受容体basigin)の発現を抑制することで、優れた酸化ストレス抑制効果を示した。さらに、薬剤投与によって作成した肺高血圧モデルマウスやラットにエメチンを投与し、肺高血圧が顕著に改善されたという。
これらの研究成果から、肺動脈性肺高血圧症発症の本質的メカニズムである、肺動脈血管平滑筋細胞の異常増殖を治療標的とした治療薬の有効性が確認された。今後、同研究に基づき、基礎研究から臨床応用へのトランスレーショナルリサーチを発展させ、肺動脈性肺高血圧症に対する新規治療薬の開発につながることが期待される、と研究グループは述べている。
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