多因子形質の「身長」について、日本人の遺伝的特徴を精度よく解析
理化学研究所は10月2日、日本人約19万人のゲノム解析を行い、身長に関わる573の遺伝的変異を同定したと発表した。この研究は、同研究所生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの鎌谷洋一郎客員主管研究員(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)、秋山雅人客員研究員、久保充明副センター長(研究当時)、東京大学医科学研究所癌・細胞増殖部門人癌病因遺伝子分野の村上善則教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は「Nature Communications」に掲載されている。
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身長や体重など、遺伝的要因と環境的要因が相互に影響して個人の違いを生じる特徴は「多因子形質」と呼ばれる。身長は、多因子形質の中でも遺伝的な影響が強いことが知られており、欧米人の双子を用いた研究では、身長の個人差の8割程度は遺伝的要因によって生じていると報告されている。多因子形質の原因の特定には「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」というゲノム上の遺伝的変異を網羅的にスクリーニングする方法が主に用いられている。鎌谷客員主管研究員らはこれまでにGWASにより、日本人の肥満や臨床検査値、喫煙などの多因子形質について報告してきた。しかし、これまでに実施したGWASでは、「日本人で比較的よく見られる塩基の違い」についてのみ調べており、「頻度が低い遺伝的変異」については、精度が低く十分な検討ができていなかった。また、これまでの身長に関係する遺伝的要因の大規模な検索は、欧米人を中心としたものであり、日本人を対象とした研究は小規模なものに限られていた。そこで、共同研究グループは、日本人の頻度の低い遺伝的変異を精度良く評価することを試み、多因子形質のひとつである身長に関連するものを検索した。
573の遺伝的変異を同定、うち64はアレル頻度5%未満
全ゲノムインピュテーション(全ゲノム予測)は、実験で測定されていない遺伝的変異を推定する遺伝統計学的手法。共同研究グループはまず、全ゲノムインピュテーションの精度を改善するために、バイオバンク・ジャパンで実施された日本人1,037人の全ゲノムシークエンスデータと国際プロジェクトの1,000ゲノムプロジェクトで実施されたさまざまな人種を対象とした2,504人の公開されている全ゲノムシークエンスデータを統合し、日本人の全ゲノムインピュテーション用の参照配列を新たに構築。バイオバンク・ジャパンの参照配列に用いたサンプルとは別のサンプルで精度を検証したところ、既存の参照配列と比較して高精度に遺伝的変異を推定できることを確認した。特に、アレル頻度が低い遺伝的変異においては、精度が著しく向上していた。
研究グループは次に、作成したインピュテーション参照配列を用いて、バイオバンク・ジャパンに参加した15万9,195人を対象に、約2800万カ所の遺伝的変異が身長に及ぼす影響についてGWASを実施。その結果、363のゲノム領域に存在する609の遺伝的変異がゲノムワイド水準(P=5.0×10-8)を超えており、身長に関わることがわかった。さらに、同定された遺伝的変異の再現性について検証するために、日本の4つの研究に参加した3万2,692人について同様の解析を行った結果、609のうち573の遺伝的変異が日本人の身長に関わることがわかった。このうち64の遺伝的変異はアレル頻度が5%未満であり、これまでの方法では検出が難しいものだった。
CYP26B1とSLC27A3が「身長を高くする」ことに影響
発見されたそれぞれの領域には複数の遺伝子が存在しているため、どの遺伝子が身長の違いに影響しているかまでは判定することができない。そこで研究グループは、タンパク質に影響する遺伝的変異の情報を用いて遺伝子単位で関連を調べる手法により、どの遺伝子が身長へ影響しているかを検証した。その結果、CYP26B1とSLC27A3という2つの遺伝子が身長に影響していることが明らかになった。これらの遺伝子の遺伝的変異は、いずれも「身長を高くする」ことに関わっていると推察された。そして、CYP26B1遺伝子は肥満の指標であるBMIにも影響すること、SLC27A3遺伝子はコレステロールや中性脂肪にも影響することが判明した。つまり、それぞれ別の生物学的機序により身長に影響する可能性が示された。
さらに、GWASの結果に基づいたgene-set enrichment解析や、アレル頻度別に遺伝的変異が身長に及ぼす影響について検証を行ったところ、欧米人の結果と類似した結果が得られたことから、身長に関わる遺伝的要因の生物学的・遺伝的特徴は人種を超えて共通していることが確認された。
日本人では高身長に関わる遺伝的変異が淘汰された可能性
最後に、アレル頻度が低い遺伝的変異の影響に着目し、日本人の身長に関わる遺伝的要因がどのような影響を受けてきたかを調べた。遺伝的変異をアレル頻度に従って100種に分け、それぞれの身長へ与える影響の平均値を調べたところ、「アレル頻度が低い遺伝的変異では身長を高くする傾向にある」ことがわかった。この結果は、身長を高くする効果を持った遺伝的変異が日本人集団では自然淘汰を受けていたことを示唆する結果であり、高身長が日本人にとって何らかの不利な影響を及ぼしていた可能性を示すもの。
今回開発された日本人の全ゲノムインピュテーション用の参照配列は、バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)と国立遺伝学研究所 DNA Data Bank of Japan (DDBJ)センターが運営するJapanese Genotype-phenotype Archive(JGA)より公開される予定。また、GWASの結果は、NBDCと理研が独自に構築した日本人集団ゲノム関連解析情報データベース「Jenger」より公開される予定。
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