髄鞘機能障害による白質機能障害はアルツハイマーの認知機能低下とも関連
神戸大学は9月24日、脳内の髄鞘における機能障害について、運動学習が障害される時の神経回路活動基盤およびそのメカニズムを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の加藤大輔特命助教、和氣弘明教授らと、生理学研究所の鍋倉淳一教授、米国国立衛生研究所のR.Douglas Fields博士、東京大学大学院医学系研究科の松崎政紀教授の研究グループによるもの。研究成果は、米国科学誌「GLIA」に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの脳の中では、神経細胞同士をつなぎ通信ケーブルとして働く「軸索」を通じて次の神経細胞に情報を電気的に伝達する。軸索は、周囲を「髄鞘」によって層状に包まれ(髄鞘化)ており、髄鞘は絶縁体としての役割を果たすとともに、活動電位(電気的情報)の伝播速度を制御することが知られている。そして、伝播速度を制御することで神経回路における情報処理の効率化を図っている。髄鞘化された軸索は白質の主要構成成分で、神経回路において学習に大きく貢献することが知られている。
近年、ヒトの頭部MRIを用いた研究により、白質には学習に伴う可塑的構造変化が存在することが示され、学習過程において白質機能が適切に変化することの重要性が認識され始めている。さらに、髄鞘の可塑的変化が障害されると、学習障害が起こることもわかってきたが、この学習障害の背景にある神経回路活動基盤は明らかではなかった。白質の機能障害は、統合失調症患者では学習障害と関連し、アルツハイマー型認知症患者では、認知機能低下を促進させることが知られている。
神経細胞の自発的活動の上昇が学習障害を引き起こす
研究グループは、生きたまま脳の神経細胞の活動を調べることができる2光子カルシウムイメージング法と運動学習課題を組み合わせた実験を行った。これにより、神経活動依存的な髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスは、障害されていないマウスと比べ運動学習が障害され、運動野第2/3層にある神経細胞の自発的活動が上昇していることがわかった。さらに、この神経細胞の自発的活動が高ければ高いほど運動学習がより障害されていた。髄鞘の可塑的変化が障害されると運動野第2/3層にある神経細胞の自発的な活動の増加することが、学習障害の原因であることを示した。
また、髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスで、どのようなメカニズムによって運動野第2/3層の自発的な神経細胞活動が増えるかを検討した結果、視床と運動野をつなぐ軸索の伝導時間が増加し、さらに個々の軸索で不規則に情報伝達されることが原因で、神経細胞の自発的活動が上昇することがわかった。
続いて、この運動野第2/3層の自発的な神経細胞の活動上昇を神経回路レベルで補正するため、視床と運動野をつなぐ軸索に「チャネルロドプシン2」という青色光の刺激で人為的に軸索の活動を上げることができるタンパク質を、髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスに発現させた。そしてレバー引き運動に同期させてこのタンパク質が発現している軸索を運動野で青色光によって刺激しながら運動学習を行った。その結果、髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスの運動学習機能が改善することを発見した。
今回の研究で、白質機能が障害されている時、異常な神経細胞活動を神経回路レベルで適切に制御することが、学習障害の改善において重要であることが示された。今後、髄鞘機能の補正を神経回路レベルで行うことが、アルツハイマー型認知症などの病初期から白質機能が障害されている疾患に対する治療法の一つとなることが期待される。
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