MCH神経活動のみ活性化するとレム睡眠の時間が増加
名古屋大学は9月20日、脳のメラニン凝集ホルモン産生神経(MCH神経)がレム睡眠中に記憶を消去していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学環境医学研究所の山中章弘教授らの研究グループが、北海道大学の木村和弘教授、寺尾晶准教授(現・東海大学教授)、吉岡充弘教授、大村優講師、SRIインターナショナルのキルドフ博士と共同で行ったもの。研究成果は、米国科学誌「Science」のオンライン版で公開されている。
ヒトの記憶は、睡眠中に定着または消去されていると考えられているが、その仕組みは明らかになっていない。とくに、深く寝ている状態である「ノンレム睡眠」の後にしか現れない、浅い眠りの「レム睡眠」が記憶にどのように関わっているのかは不明だ。ヒトはレム睡眠中に夢を見るが、通常、夢の内容は記憶として定着されず起床後すぐに忘れてしまう。このことから、レム睡眠中に記憶を消去する神経の存在が示唆されていたが、これまで明らかになっていなかった。
研究グループでは、内分泌や自律機能の調節を行っている視床下部に、MCH神経が局在していることに着目し、睡眠中のMCH神経の役割について研究してきた。これまでの研究から、MCH神経は食欲調節に関わっており、食欲を増進する神経と考えられてきた。しかし、特定の神経の活動を操作できる光遺伝学や化学遺伝学の手法を用いて新たな機能が解明されつつあり、研究グループはそれらの手法を用い、MCH神経の活動だけを活性化すると、ノンレム睡眠がレム睡眠に変換されて、レム睡眠の時間が増加することを報告している。
PTSDにおける記憶消去治療への応用にも期待
研究グループは、超小型顕微鏡を用いた神経活動の記録をマウスに適用して、MCH神経にはレム睡眠中に活動するもの、覚醒中に活動するもの、レム睡眠と覚醒中の両方で活動するものの3種類があることを明らかにした。さらに、光遺伝学や化学遺伝学の手法を用いて、このMCH神経活動が記憶に重要な海馬の神経活動を抑制すること、レム睡眠中に活動するMCH神経が記憶を消去していることを明らかにした。また、MCH神経の活動を抑制した結果、記憶の定着が向上することも判明したという。新奇物体認識試験だけでなく、文脈的恐怖条件付け試験による恐怖記憶でも同様の結果が得られた。
画像はリリースより
睡眠中の記憶の定着については多くの研究がされている一方で、消去についてはこれまでほとんど研究が進んでいなかった。今回明らかになった、MCH神経によって記憶が消去される仕組みをきっかけに、睡眠中の記憶制御の全体像の解明が期待されるという。また、MCH神経を活性化させると、文脈的恐怖条件付けの記憶も消去されることから、MCH神経のみを活性化する方法を明らかにすることで、強い恐怖心を伴った経験の記憶がトラウマとして残る心的外傷後ストレス障害(PTSD)において、その記憶を消去する治療への応用も期待される、と研究グループは述べている。
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・名古屋大学 プレスリリース