慢性痛による抑うつ状態とうつ病に共通の脳内メカニズムがあると推測
北海道大学は9月17日、慢性痛が抑うつ状態を引き起こす脳内メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の南雅文教授らの研究グループによるもの。研究成果は「The Journal of Neuroscience」に掲載されている。
画像はリリースより
痛みは体の危険を教えてくれる警告信号として、重要な役割を果たしている。しかし、慢性痛は警告信号の役割を果たした後でも痛みが続き、生活の質(QOL)を大きく損なうだけでなく、うつ病や不安障害などの精神疾患の引き金ともなる。さらに、慢性痛とうつ病の併発率が高いことが報告されており、慢性痛による抑うつ状態とうつ病との間には共通の脳内メカニズムがあることが推測されている。
腹側被蓋野に細胞体を有し、軸索を側坐核に送るドパミン神経は、脳内報酬系において重要な役割を担っており、このドパミン神経の活動低下がうつ病と関連すると考えられている。これまでの研究などから、慢性痛でもこのドパミン神経の活動が低下することが明らかにされている。一方、不安・恐怖・抑うつなどのネガティブな情動の生起に関わる分界条床核から腹側被蓋野への神経経路が、脳内報酬系の働きを制御することが報告されている。
痛みの持続で脳内報酬系が持続的に抑制、抑うつを引き起こす
研究グループは、分界条床核から腹側被蓋野への神経経路が慢性痛によってどのような影響を受けるかを調べるため、神経障害性疼痛モデルラットを作製し、4週間にわたる慢性痛を誘導した後、単一の神経細胞の活動状態を計測できる電気生理学的手法を用いて腹側被蓋野に軸索を送る分界条床核の神経細胞の活動状態を解析。その結果、腹側被蓋野に軸索を送る分界条床核の神経細胞は、慢性痛時に持続的に抑制されることがわかった。
次に、このような慢性痛による神経回路の変化にコルチコトロピン放出因子(CRF)が関与するかを調べた。慢性痛モデルラットにおけるCRF遺伝子の発現量を調べると、分界条床核と、分界条床核との機能的な連関が知られている扁桃体中心核の2つの脳領域においてCRF遺伝子発現が増えていた。さらに、慢性痛による分界条床核の神経細胞の活動抑制にCRFが関与するかについて調べたところ、慢性痛モデルラットの分界条床核にCRFの効果を遮断する薬物を処置すると、分界条床核の神経細胞の活動抑制は解除された。これらの結果から、慢性痛時に分界条床核内のCRFによる神経情報伝達が過剰となり、腹側被蓋野に軸索を送る分界条床核神経細胞が持続的に抑制されることが示唆された。
最後に、慢性痛時の分界条床核における過剰なCRF神経情報伝達の遮断が脳内報酬系に与える影響を検討したところ、脳内報酬系において重要な役割を担っているドパミン神経の活動が上昇することが明らかとなった。以上の結果と、慢性痛時にドパミン神経活動が低下しているというこれまでの報告をあわせて考えると、慢性痛によって分界条床核でCRFによる神経情報伝達が過剰となり、腹側被蓋野に軸索を送る分界条床核神経細胞が抑制されると、脳内報酬系で中心的な役割を担うドパミン神経が持続的に抑制されることが考えられ、このような脳内報酬系の抑制が、慢性痛による抑うつ状態を引き起こすとみられるという。
CRFなどの神経ペプチドを標的とした創薬の可能性に期待
慢性痛による抑うつ状態の脳内メカニズムを明らかにした今回の研究成果は、慢性痛による抑うつや不安を改善するだけでなく、うつ病の治療にも役立つ新しい治療薬の開発に貢献することが期待される。
研究グループは、「慢性痛モデル動物において分界条床核にCRFの効果を遮断する薬物を処置すると、脳内報酬系の抑制が解除されたことから、CRFなどの神経ペプチドを標的とした創薬の可能性が期待される」と、述べている。
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・北海道大学 プレスリリース