代謝性疾患の発症率や有病率と正の相関を示す「オメガ6系/オメガ3系脂肪酸」バランスの破綻
東京農工大学は9月5日、腸内細菌が代謝により食用油中の多価不飽和脂肪酸を10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid(HYA)をはじめとする新たな脂肪酸に変換することで、宿主のエネルギー代謝調節に関与し、食事によって誘導される肥満を改善することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院農学研究院応用生命化学部門の木村郁夫教授、宮本潤基特任助教らの研究グループが、慶應義塾大学、京都大学、千葉大学、熊本大学、静岡県立大学、カナダのトロント大学と共同で行ったもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
腸内細菌は代謝により食事の影響を制御しており、この制御が宿主の代謝性疾患などの発症率に関与している。近年の欧米食の普及に伴い、食用油として用いられる植物性脂肪の大豆油や菜種油に多く含まれるリノール酸のようなオメガ6系多価不飽和脂肪酸の摂取量は増加する一方で、えごま油やシソ油などに多く含まれるαリノレン酸のようなオメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取量は減少し続けている。また、オメガ6系/オメガ3系脂肪酸バランスの破綻は、代謝性疾患の発症率や有病率と正の相関を示すことも明らかにされている。特に、欧米食のような高脂肪食は代謝性疾患発症の危険因子であると同時に、ヒトと共生関係にある腸内細菌叢の構成をも変化させることが知られている。
近年の腸内細菌研究の発展に伴い、食事中の多価不飽和脂肪酸が腸内細菌によって代謝される経路が同定されたが、その代謝経路から生じる新たな脂肪酸が宿主の生体恒常性の維持に及ぼす影響は、明らかにされていなかった。
多価不飽和脂肪酸を腸内細菌が代謝することで肥満を改善する可能性、代謝性疾患への応用に期待
研究グループは、腸内細菌が食事中に含まれる多価不飽和脂肪酸の代謝を制御することで、高脂肪食により誘導される宿主の肥満発症に関与することを見出した。
通常食の摂取マウスと高脂肪食の摂取マウスについて、腸内細菌叢の解析と多価不飽和脂肪酸の腸内細菌代謝物群の定量解析を行った結果、高脂肪食の摂取マウスの盲腸内において、乳酸菌の顕著な減少と、リノール酸の腸内細菌初期代謝産物であるHYAを含む数種の腸内細菌代謝脂肪酸の劇的な減少が確認できた。また、オメガ6系多価不飽和脂肪酸であるリノール酸を高脂肪食に補充したマウスでは、アラキドン酸カスケードを介した脂肪組織炎症が観察されたのに対し、HYAを補充したマウスでは、リノール酸を補充した場合に観察された脂肪組織炎症を誘発することなく、高脂肪食による肥満の症状を改善した。加えて、腸内でのHYA濃度を通常食摂取時と同程度になるように高脂肪食中にHYAを補充したマウスは、肥満による耐糖能異常に対して、腸管ホルモンGLP-1分泌亢進を伴った改善作用が確認できた。一方で、長鎖脂肪酸受容体であるGPR40/FFAR1やGPR120/FFAR4の遺伝子欠損マウスでは、これらの代謝機能改善に関わる効果が消失。さらに、腸内細菌の一種でHYA産生能を有する乳酸菌を定着させたマウスにおいても、同様の代謝機能の改善作用が観察された。
今回の研究により、食事中に含まれる多価不飽和脂肪酸を腸内細菌が代謝することで、食事により誘導される宿主の肥満を改善する可能性が明らかになった。腸内環境を制御する食習慣や腸内細菌の代謝産物が、代謝性疾患に対する新たな治療法につながるとして、今後この成果の応用が期待される。また、近年の腸内細菌研究の発展に伴い、腸内環境の制御が宿主の生体恒常性の維持と密接に関与することが明らかにされている。今回の研究は、「食–腸内環境–宿主」の相互連関が、宿主のエネルギー代謝を正常に維持する可能性を示しており、日常生活におけるQOLの向上に活かすことが期待される。
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