言語症状を熟字訓の音読と意味記憶の障害という視点で検討
名古屋大学は9月3日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っている約半数の症例で、「田舎(いなか)」や「昨日(きのう)」などの漢字二文字以上の熟字全体に、日本語の訓をあてて読む熟字訓を読むことが困難となることを明らかにするとともに、熟語の音読障害を引き起こす脳のネットワーク異常の解明に初めて成功したと発表した。この研究は、同大脳とこころの研究センター/同大大学院医学系研究科神経内科学の小倉礼研究員、同大特任教授/愛知医科大学の祖父江元理事長、藤田医科大学神経内科学の渡辺宏久教授、同大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「EBioMedicine」電子版に掲載されている。
画像はリリースより
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動まひや筋萎縮など、運動系の症状を主体とする神経変性疾患。行動や言語等の高次脳機能にも症状が出る可能性があることが近年報告されている。しかし、ALS における言語症状を多数例で詳細に検討した報告はなく、症状と関連する脳内の神経ネットワークについても未解明だった。文字列に対して特殊な読みを求められる熟字訓の音読において、正しく読むためには、その語の持つ意味が重要な役割を担うと考えられおり、その障害は意味記憶の障害と密接に関連することが知られている。そこで研究グループは、ALS における言語症状を熟字訓の音読と意味記憶の障害という視点で検討するとともに、MRI 検査を用いて症状と関連する脳内変化を調べた。
熟字訓音読検査とrsfMRI検査を実施、脳内神経ネットワークの異常を発見
研究グループはまず、ALS患者71人と、健常者68人に対して、「熟字訓音読検査」を含む高次脳機能検査を行った。熟字訓音読検査とは、具体的には「田舎=いなか」や「昨日=きのう」などの漢字二文字以上の熟字全体に日本語の訓をあてて読む熟字訓の音読のこと。健常者のグループ(以下、健常者グループ)と比較して、ALS患者のグループ(以下、ALSグループ)では、熟字訓音読検査の成績が顕著に低下していた。特に、日常生活で出現頻度の低い“低頻度熟字訓”(「足袋」「黄昏」「海女」など)の音読成績に関しては、ALSグループの52%が健常者グループの得点の 5パーセンタイル値を下回った。
さらに、MRI画像研究への賛同が得られたALSの患者34人と年齢、性、教育年数が一致した健常者34人において、安静時脳機能MRI(resting state functional MRI:rsfMRI)を用いて熟字訓音読障害に関わる脳内変化を検討。その結果、脳内のハブとなる領域やその障害の程度を可視化することで、右紡錘状回/舌状回がハブとなり、物や形の認知、物事の意味に関する記憶、発話等に関わる領域を結ぶ脳内神経ネットワークの異常を明らかにした。
神経症状を理解する際には、脳の局所的な病巣に基づき、脳内の個々の領域に原因を求める手法が中心だったが、今回の研究で、新しいネットワーク解析手法を用いることにより、従来の“特定の限られた領域が引き起こす高次脳機能障害”に加えて“複数の領域を結ぶネットワークが引き起こす高次脳機能障害”を可視化できることを示した。この手法を応用して、さまざまな病態の解明や、ネットワークを利用した画期的なリハビリテーションの開発につながる可能性も期待される。
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