新生児の言語回路は未発達なのか
慶應義塾大学は8月22日、生後2~7日の新生児が、母親の語りかけを聞くことで前頭部-側頭部の脳機能結合を強めることを見出したと発表した。この研究は、同大文学部心理学研究室および同大赤ちゃんラボの内田真理子研究員、皆川泰代教授、同大医学部小児科学教室の有光威志助教、高橋孝雄教授ら、中央大学、首都大学東京の研究グループによるもの。研究成果は「Developmental Cognitive Neuroscience」に掲載予定で、オンライン版に先行公開されている。
画像はリリースより
かつてはタブララサ(白紙状態)で生まれてくると思われていたヒト乳児だが、脳科学の進歩とともに、乳児の脳機能はこれまで考えられていた以上に発達していることが次々に明らかにされている。例えば、新生児でも母国語に対して強い脳反応を示すことなどが報告されてきた。
一方で、成人で見られるような前頭部にある言語野(ブローカ野)と側頭部にある後部言語野を結ぶ脳機能結合、つまり言語回路は新生児では観察されず、十分に発達していないと考えられてきた。同様に、さまざまな認知機能処理に関わる異なる脳部位をまたぐ長い脳機能結合や前頭前野機能も新生児では、発達途上であると考えられてきた。
新生児が胎児期から母親の声で言語学習している可能性
今回研究グループは、胎児期に日本語環境にいた正期産新生児37名(日齢2~7日、平均日齢4.5日)に対し、母親の声、他者(他新生児の母親)の声で、乳児向けの語りかけをした音声を呈示した際の脳活動と脳機能結合を、近赤外分光法(NIRS)で計測した。
その結果、母親声条件では多くの脳部位で強い反応が見られ、他者声条件と直接比較すると、より強い脳活動が左下前頭回(言語野)など他4部位で見られた。さらに、これらの脳部位において、声を聞かせた直後に活性化する脳機能結合を解析したところ、母親声条件でより多く、強い脳機能結合が見られた。例えば、言語野である左下前頭回からは側頭部の縁上回(SMG)、上側頭回(STG)など、後部言語野と呼ばれる領域に多くの結合が見られる一方で、他者声の場合には前頭部内の短い結合しか見られない。この前頭-側頭部結合は、成人で見られる言語回路に相当し、新生児でも胎児期によく聞いていた音声を聞くと言語回路が活性化されることが示唆される。右上側頭回からは母親声条件で前頭部の多くの部位への結合が見られるのに対し、他者声では結合は全く見られない。右上側頭回は声の認識に関わる脳部位であり、新生児は母親声を認識した上で、前頭部につながることにより、愛着や感情など別の認知処理を行っていることが示唆される。
今回の研究結果は、新生児が胎児期からすでに母親声により母国語を学習しており、その慣れ親しんだ声で言語回路形成が促進され、他者の声認識など、社会的コミュニケーションに必要な脳回路が活性化することを示したもので、乳児期の養育者の語りかけの重要性を脳科学的に示したとも言える。研究グループは、「生後は母親だけでなく慣れ親しんだ特定の養育者とのコミュニケーションによって、同じような脳回路が活性化することが考えられる。この点を科学的に示すためにも、現在は父親声を使った脳機能実験を行っている」と、述べている。
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