ノイズ除去を実現したフレキシブル差動増幅回路
産業技術総合研究所(産総研)は8月16日、世界最薄・最軽量の生体計測用の差動増幅回路の開発に成功したと発表した。この研究は、大阪大学産業科学研究所の関谷毅教授、植村隆文特任准教授(常勤)(産業技術総合研究所特定フェロー兼任)を中心とした研究グループと、産総研が大阪大学内に設置した「産総研・阪大 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ(PhotoBIO-OIL)」によるもの。研究成果は「Nature Electronics」に掲載されている。
画像はリリースより
世界的な少子高齢化を迎える現代において、有機トランジスタに代表されるフレキシブルエレクトロニクスの医療やヘルスケア分野への応用・展開が盛んに進められている。その中でも、有機トランジスタを用いたフレキシブルな増幅回路は装着性に優れ、生体の微弱な信号を常時計測するセンサーとして研究開発されている。しかし、これまでの有機増幅回路は、主にシングルエンド型の構成をしており、測定したい生体信号とそれ以外の外乱ノイズを区別することができず、低ノイズでの計測は困難だった。
ノイズ成分を除去できる計測回路として差動増幅回路が一般に知られているが、有機トランジスタの製造のばらつきがシリコントランジスタと比較して大きいため、正確なノイズ除去を実現したフレキシブル差動増幅回路の報告例はなかった。
くしゃくしゃに丸めても壊れず、人の肌に違和感なく貼り付けることが可能
研究グループは、回路内における有機トランジスタの電流ばらつきを2%以下にまで低減する補償技術を開発することで、ノイズ除去機能を備えたフレキシブル有機差動増幅回路の開発に成功した。回路は、厚さ1マイクロメートルのパリレンというプラスチックフィルム上に製造され、くしゃくしゃに丸めても壊れず、人の肌に違和感なく貼り付けることができるという。この柔らかい差動増幅回路を用いた心電信号の計測において、心電を25倍に増幅しながら、ノイズを7分の1以下まで除去することが可能。その一例として、心電計測を行いながら、外部の電源などが放つノイズや歩行に伴う大きな体動ノイズを除去できることを実証した。
スマートウオッチのような、日常生活において心電などの生体信号を計測するウェアラブルデバイスはすでに販売されている。さらに、今回の研究成果である「装着性と精度に優れたフレキシブル生体計測用回路」が加わったことで、あらゆる場面での生体計測がこれまで以上に簡易で快適なものになることが期待される。例えば、計測回路の装着性と密着性が向上することで、スポーツなど、激しい体の動きを伴う場面における生体計測が可能となる。こうして得られるリアルタイムでの長時間生体計測データを利用することで、病気の早期発見や、治療の効率化、高齢者や患者の見守り、運動負荷の監視などが促進されるものと期待される。
研究グループは、「医療費の削減や人々のQOL向上といった、高齢化社会のさまざまな問題の解決の一助になるものと考えられる」と、述べている。
▼関連リンク
・産業技術総合研究所 研究成果