医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 老化に伴う精子形成の減弱メカニズムを解明-京大

老化に伴う精子形成の減弱メカニズムを解明-京大

読了時間:約 2分59秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年08月07日 PM12:45

精子幹細胞の老化メカニズムを解析

京都大学は8月5日、自律的に起こる生殖細胞のシグナル異常が老化に伴う精子形成の減弱を引き起こすことを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の篠原美都助教らの研究グループによるもの。研究成果は米国アカデミー紀要(PNAS)に掲載されている。


画像はリリースより

老化と共に精子形成は減少することが知られている。卵子の老化はよく話題になるが、男性側の老化に伴う精子形成減弱・喪失、特に幹細胞老化の理由はよくわかっていなかった。これまでの研究から、精巣の体細胞の劣化が生殖細胞の老化を引き起こすと考えられてきた。精巣における幹細胞の数は少なく、特異的なマーカーがないため老化が幹細胞に及ぼす影響を生体内で経時的に調べることは困難だった。

研究グループはマウス精子幹細胞を2年以上にわたって試験管内で増幅維持できる実験系を確立し、これまで精子幹細胞の研究を行ってきた。長期培養細胞は2年間で10の85乗倍に増幅した段階でも正常な核型を維持し、子孫を作成することもできるという。生体内の精子幹細胞も持続的に分裂しているため、研究グループはこの培養系を用いて精子幹細胞の老化メカニズムを解明できるのではないかと仮説を立てた。

ある時点でテロメアの短縮がストップ、老化しても幹細胞活性維持

細胞分裂ごとに短縮するテロメアは、一定長より短くなると一般的な細胞は増殖停止し「細胞老化」と呼ばれる状態になる。2年間の培養でも精子幹細胞のテロメアは徐々に短縮した。短縮の速度を鑑みると培養開始からおよそ34か月前後でテロメアはなくなり細胞増殖が停止すると推測されたため、今回の研究ではさらに培養を継続して増殖能の変化を観察した。

その結果、テロメア長はさらに短縮したが細胞老化のマーカーは陰性であり、34か月以降も増殖は停止せず、むしろ増殖速度の亢進が見られた。詳しく調べたところ、テロメア長は54か月以降2kb程度で保たれていることがわかった。この結果はテロメアの長さが細胞の寿命を決めるという従来の結果とは矛盾するもの。

そこで老化が精子幹細胞の機能に及ぼす影響を調べるため、5か月~60か月の培養細胞についてその性質を比較した。多くの幹細胞は老化とともに幹細胞活性を失うが、60か月の培養細胞は精細管内に移植するとコロニーを形成することから精子幹細胞としての機能を維持していることがわかった。一方で、精子への分化能は30か月(培養開始から~10の106乗倍に増幅)までは認められるものの、それ以降の培養細胞では減数分裂期以降の分化が阻害されていた。移植精巣で腫瘍の形成は認められなかったこと、老化細胞に特異的な染色体異常は認められなかったことから、精子幹細胞は老化しても幹細胞活性を維持できるという点で他の組織幹細胞と異なる性質を持つことが明らかになった。

7b/JNKシグナル活性化と増殖亢進・解糖系の亢進で自律的に老化

この細胞の長期分裂能維持のメカニズムを明らかにするために、まず、老化細胞で増加し、細胞の機能に障害を与えると考えられる「活性酸素種」について調べた。その結果、予想に反して60か月の培養細胞ではむしろ活性酸素量は低下していた。その原因を調べたところ、60か月の細胞では活性酸素を大量に産生するミトコンドリアの量および活性が低下していることがわかった。ミトコンドリアの活性低下によって、ミトコンドリア内のクエン酸回路によるエネルギー産生が低下し、代わりに解糖系からエネルギーを得ることが老化細胞の特徴であることが明らかになった。

さらに、このような変化の根底にあるシグナルを同定するため網羅的な分子細胞生物学解析を行ったところ、老化した精子幹細胞ではWnt7bという遺伝子が発現増強しており、Wntのシグナル伝達に関わるJNKシグナルの活性化が起こることがわかった。Wnt7bはさまざまなシグナルを細胞内に伝えるが、中でもJNKシグナルが活性化されることでミトコンドリア生合成のマスター遺伝子である転写コアクチベーターPPARGC1Aの発現が抑制され、それに伴い解糖系が亢進するために細胞代謝が老化型へと変化することが証明された。

最後に研究グループは、老化個体の体内の精子幹細胞でも類似の特徴が見られるかを調べた。その結果、老化モデルであるKlotho欠損マウスと24か月齢の野生型ラットにおいても、未分化型精原細胞にてWnt7b/JNKシグナルの活性化と増殖亢進・解糖系の亢進が認められた。

今回の研究成果は、生殖細胞も自律的な原因で老化することと、老化に伴い分化能力を失うために精子産生が低下するが、幹細胞自体はほぼ無限に増殖できることを明らかにしたもの。現在研究グループは、精子幹細胞のテロメア制御機構の解明を目指しており、「老化した幹細胞で分化能力がなくなる原因がわかれば、老化個体の精子形成を再開させ不妊治療に応用できる可能性がある」と、述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 心不全の治療薬開発につながる、障害ミトコンドリア分解機構解明-阪大ほか
  • 特発性上葉優位型肺線維症、臨床的特徴などのレビュー論文を発表-浜松医科大
  • 院外心停止、心静止患者は高度心肺蘇生・搬送も社会復帰率「低」-広島大ほか
  • 甲状腺機能亢進症に未知の分子が関与する可能性、新治療の開発に期待-京大
  • 【インフル流行レベルマップ第50週】定点当たり報告数19.06、前週比+9-感染研