連続切片画像を解析して変形を推定、補正しながらずれることなく順番に積層
京都大学は8月2日、生体組織を薄くスライスした試料(連続切片)の顕微鏡像から、スライスする前の3次元形状を復元する画像処理技術を開発したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科附属先天異常標本解析センターの山田重人教授、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 情報科学領域の向川康博教授、舩冨卓哉准教授、久保尋之助教らの研究グループによるもの。研究成果は、国際学術誌「Pattern Recognition」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
組織を物理的にスライスする際に起こる変形の影響で、連続切片を積層してもきれいな3次元形状を復元することは困難だった。研究グループは、顕微鏡で撮影した連続切片の画像を解析することで変形を推定し、これを補正しながら、ずれることなく順番に積層する技術を開発することで、スライスする前の立体的な形状を復元することに成功。同技術により、先天異常標本解析センターが所蔵するヒト胚子(主要な組織や器官が形成される受精後3~9週で、胎児になる前の状態)の連続切片試料から、元の3次元形状を復元することができたという。
数学的手法で、損傷の大きな切片があった場合でも、きれいな3次元形状の復元が可能に
先天異常標本解析センターが所蔵するヒト胚子および胎児の標本群は、世界最大の標本数で知られている。中でも、正常・異常合わせて1,000例に及ぶ連続切片標本は何十年も前に製作されたものが存在しているが、新規の標本を収集することは倫理的に難しく、完全な連続切片標本を新たに製作することは技術的にも難易度が高いことから、大変貴重な研究試料となっている。
切片には染色された組織を顕微鏡で直接観察できるという利点があり、一般的に用いられている3次元イメージングよりも断面の解像度が圧倒的に高いことから、積層して元の3次元形状を復元できれば、成長過程のさらなる解析に有用だ。しかし、組織を薄くスライスするため、実際の切片には大きな変形や部分的損傷があり、そのまま積層しても元の形には戻らない。そこで研究グループは、顕微鏡を用いて計算機に取り込んだデジタル画像に対し、近接した切片同士を比較することで、変形や損傷を検出する画像処理技術を開発。損傷した切片を除外して比較したり、変形を推定して補正したりすることにより、きれいな3次元形状を復元することに成功した。
近接した切片間における変形の推定では、まずそれぞれの切片から特徴的な点を検出し、切片間での点の対応関係を推定。次に、検出された対応点をグループ化し、グループごとに点同士が重なるような回転・平行移動を推定する。変形が小さい場合には、全てのグループで同じようなものが推定されるが、変形が大きい場合には、グループによって異なるものとなり、大きな変形が起こっていたことがわかる。このような解析をもとに、切片の変形を画像処理によって補正する。
同技術で最も特徴的なのは、数学的な手法を用いて、各グループで推定された回転・平行移動を補間し、画像全体での滑らかな変形を推定している点だ。また、隣り合った切片だけでなく、少し離れた切片とも比較を行って変形を推定することで、もっともらしさを評価し、損傷の大きな切片があった場合でもその影響を抑えて3次元形状を復元することが可能となった。実際に、いくつかの標本に対してこの技術を適用し、きれいな3次元形状が復元できることが確認されたという。
ヒト胚子内部の形態も忠実に可視化、成長過程の解明に寄与する可能性
今回開発した技術により、既存の連続切片標本からその3次元形状を復元することができ、器官などヒト胚子内部の形態を忠実に可視化することも可能となった。ヒトの胚子や胎児は、サンプルの稀少さから研究が困難であり、現代でも未解明な部分が多々あるが、同技術により連続切片標本の活用が進み、ヒトの成長過程の解明に寄与することが期待される。
研究グループは、「論文投稿時には4つの標本に対していずれも良好な結果が得られることを確認し、その効果についての定量的な分析結果をまとめた。その後も、さまざまな成長過程にある10程度の標本にも新たに本技術を適用したところ、良好な結果が得られることが定性的に確認され、ヒト胚子の成長過程の解析に役立てられている。本技術はヒト胚子のみならず、さまざまな生体組織に対しても適用できると考えられ、連続切片画像を通した3次元形態解析への活用が期待できると思われる。一方、いくつかの個体において、3次元形状を復元した結果が全体的に大きく歪んでしまう事例も確認されており、改良の余地が残されているため、今後も研究を継続していく予定」と、述べている。
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・京都大学 研究成果