ビッグデータ解析で前立腺がんの骨転移制御因子を探索
愛媛大学は7月12日、前立腺がんの骨転移を制御する遺伝子であるGPRC5Aを同定し、GPRC5Aが前立腺がん細胞の増殖と骨への転移を制御していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門の今井祐記教授、同大学院医学系研究科泌尿器科学講座の雑賀隆史教授、沢田雄一郎大学院生らの共同研究グループによるもの。研究成果は「International Journal of Cancer」に7月5日付で掲載された。
画像はリリースより
前立腺がんは、世界的に非常に頻度の高い疾患。早期診断、早期治療により高い確率で根治が見込めるがんだが、進行すると、リンパ節や内臓への転移のみならず骨への転移を高頻度で起こす。この場合、5年生存率が数%と予後は悪く、骨への転移に伴う病的骨折や全身の痛みなどの苦痛を伴うことが大きな問題となっている。しかし、前立腺がんに特異的な骨転移のメカニズムについての詳細な研究成果はほとんど報告されておらず、前立腺がんに特異的な予防法や治療法は確立されていない。
これまで前立腺がん細胞の遺伝子発現について極めて多くの情報が、NCBIのGEO(Gene Expression Omnibus)をはじめとした各種のデータベースに登録されている。そこで、研究グループは、このようなビッグデータを解析することで得られた前立腺がんの骨転移を制御する因子の詳細な解析を行った。
GPRC5Aが前立腺がん細胞の増殖と骨への転移を制御
研究グループはまず、マウスを用いた骨転移モデルにおいて、骨転移しやすい細胞株と骨転移しにくい細胞株の遺伝子データをGEOから収集し、発現に差のある遺伝子を抽出。続けて、前立腺がん細胞遺伝子発現データから、骨転移の有無で患者サンプルをグループ分けし、同様に発現に差のある遺伝子を抽出した。これらの、マウス細胞株と患者サンプルという異なるサンプルデータでオーバーラップする遺伝子群を、骨転移に関連する遺伝子候補として抽出した。その結果、骨転移に関連する候補因子として7つの遺伝子を同定し、その中で最も発現の変動が大きい遺伝子としてGPRC5Aを同定した。
次に、前立腺がん細胞株においてGPRC5Aをゲノム編集技術によりノックアウト(KO)したところ、培養皿上およびマウス生体内ともにがん細胞の増殖が有意に抑制された。GPRC5AをKOすることによる他の遺伝子発現の変動をRNAシークエンスという手法を用いて解析した結果、GPRC5AのKOにより細胞周期に関連する遺伝子の発現が有意な変動を呈し、細胞周期はG2/M期という細胞分裂をするフェーズで停滞していることが明らかになった。また、GPRC5AのKOによりCREBという転写因子のリン酸化が亢進していることがわかった。
これらの結果から、GPRC5Aは前立腺がんにおいて、「CREBのリン酸化を制御していること」と、「CREBのリン酸化の制御により細胞周期に関連する遺伝子の発現を制御し、細胞増殖に関わっていること」がわかった。これらの現象はGPRC5AのKO細胞に対するGPRC5A過剰発現でいずれも救済されており、GPRC5A特異的に起きている現象であることも確認された。また、GPRC5Aの発現が低い前立腺がん細胞株に対するGPRC5A過剰発現においても、細胞増殖が有意に上昇した。
GPRC5Aの発現が高いと予後が悪いことが判明
また、マウスの骨に前立腺がん細胞を接種する骨転移成立実験において、GPRC5AをKOした前立腺がん細胞株は骨転移の成立が顕著に抑制された。さらに、ヒト前立腺がん生検組織(n=255)を用いた解析の結果、GPRC5Aの免疫染色性は、Gleason Scoreという前立腺がんの悪性度および骨転移の有無と有意な正の相関を示すことがわかった。これらの結果から、GPRC5Aは前立腺がんの細胞増殖および骨転移の成立に必須な分子であることが示唆された。また、ビックデータ解析においてGPRC5Aの発現が高い前立腺がんは、発現が低い前立腺がんに比べて優位に予後が悪いことも明らかになった。
GPRC5Aは、骨転移症例の前立腺がん原発組織において高発現し、予後との相関も認められたことから、骨転移の発生や予後の予測マーカーとして期待できる分子であると考えられる。研究グループは、この分子を利用した骨転移発生の予測の実用化に向けて特許を出願。さらに、先に挙げた骨転移に関連する他の6つの候補因子との関連を解析することで、より詳細な前立腺がん特異的な骨転移のメカニズムの解明が期待されると述べており、今後さらなる解析と創薬の基盤の構築を進めていく予定としている。(
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・愛媛大学 プレスリリース