体内の環境により近い培養条件を探る研究
日本医療研究開発機構(AMED)は7月3日、マウスおよびヒト骨髄検体を用いた研究から、造血幹細胞を体内の環境に近い培養条件で培養することで、細胞周期を静止期に維持したまま1か月にわたり機能を保つことができる技術を開発したと発表した。この研究は、国立国際医療研究センター研究所の田久保圭誉プロジェクト長、小林央上級研究員(生体恒常性プロジェクト)を中心とした、慶應義塾大学と九州大学との共同研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に7月2日付で公開された。
画像はリリースより
造血幹細胞は、全ての血液細胞を一生涯にわたり供給することができる細胞。造血幹細胞自身は、生体内では細胞分裂をほとんどせずに、骨髄の中で生存している。造血幹細胞は血液疾患を根治する際の骨髄移植(造血幹細胞移植)に必須の細胞で、これまで造血幹細胞を体外で培養して増やす試みが数多く行われてきており、近年の研究の進展から、造血幹細胞を増幅することにはある程度可能となってきていた。その一方で、造血幹細胞を培養下において生体内と同様に静止期に維持する技術を開発することは、造血幹細胞の性質をより生理的な条件で明らかにする上で重要なものの、増幅させる方法に比べて多くは研究されてこなかった。今回、研究グループは造血幹細胞の培養条件をさまざまに検討し、より生体の骨髄内に近い環境条件で培養することで造血幹細胞を静止期に維持する方法の開発を試みた。
生体と培養の骨髄細胞を比較して脂肪酸不足を発見
マウスの造血幹細胞の培養は無血清、少量のアルブミン、十分なサイトカイン(SCFとTPO)によって従来培養されていたが、この条件下では長期に造血幹細胞を維持できなかった。そこで研究グループは、培養した造血幹細胞と骨髄から取り出したばかりの造血幹細胞とで何が異なるかをcDNAマイクロアレイ解析によって探索。その結果、培養した後の造血幹細胞では脂肪酸を合成する酵素の遺伝子発現が上昇しており、現在の培養条件では脂肪酸が不足していることが判明した。
さらに、脂肪酸を体全体の細胞に届ける役割がある血中アルブミンが、骨髄組織の中にまで到達し得るかを、生体イメージング技術を用いて改めて検討。その結果、蛍光色素を結合させたアルブミンをマウスに注射すると時間とともに骨髄の中に浸透し、アルブミンが生理的な環境で骨髄に分布することが確認された。アルブミンが少ない培地で培養した造血幹細胞は脂肪酸の合成を阻害する薬剤を添加するとほとんど生存できなかったが、アルブミンを十分に加えた環境では、脂肪酸の合成を阻害してもほとんど生存に影響がなかった。以上の結果から、培養液の中に脂肪酸の供給源として十分なアルブミンを加えることは、造血幹細胞の生理的な環境を再現するために必要と考えられた。
高アルブミン濃度、低サイトカイン濃度、低酸素環境
造血幹細胞の生存に重要なSCFとTPOのサイトカインは、これまでの培養でも中心的に用いられてきたが、体内で静止期を維持している濃度はわかっていなかった。また骨髄の中は酸素濃度が低いことが知られていたため、低酸素と高酸素のそれぞれの環境で、かつ十分に脂質の供給があるアルブミン濃度において、造血幹細胞が静止期に維持されるSCFとTPOの濃度を決定した。その結果、SCF、TPOが従来用いられている濃度よりもはるかに低い濃度で造血幹細胞が分化・増殖せずに維持されることが判明した。
決定した、高アルブミン濃度、低酸素濃度、低サイトカイン濃度において造血幹細胞の機能が保たれているかを確認するために、造血幹細胞を別のマウスに移植する骨髄移植の実験を行ったところ、確かに低サイトカイン濃度で1か月にわたり培養した造血幹細胞は、採取直後の造血幹細胞に匹敵する能力を維持していた。また、ヒトの骨髄由来の造血幹細胞においても類似の高アルブミン、低酸素、低サイトカイン濃度において静止期を維持したままある程度機能を維持することも確認できた。
生体内と同様に静止期を維持した造血幹細胞の培養が可能であることを見出した今回の成果により、生体外でより体内の状況に近い環境で造血幹細胞の研究を行うことが可能となった。「増幅させた造血幹細胞を静止期に戻す方法の開発や、造血幹細胞に由来するタイプの白血病が発症する過程の研究への応用が期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・日本医療研究開発機構(AMED)