肝移植以外に有効な治療法が少ない急性肝不全
慶應義塾大学は7月3日、急性肝不全を制御する新たな免疫細胞を発見したと発表した。この研究は、同大医学部内科学(消化器)教室の金井隆典教授、中本伸宏准教授、幸田裕造共同研究員の研究グループによるもの。研究成果は「Journal of Clinical Investigation」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
急性肝不全(劇症肝炎)は、肝臓で激しい炎症が起こり、急激に肝細胞が破壊される肝疾患。肝臓の機能異常が進行し、全身の臓器に影響することで多臓器不全となる致死性の高い疾患だが、この疾患に対しては肝移植以外に有効な治療法が少なく、その肝移植もドナーの確保が難しいという課題を抱えていた。また、ウイルス性肝炎、薬剤性肝炎、自己免疫性肝炎など、さまざまな背景の急性肝炎から重症化し急性肝不全となるが、詳細なメカニズムは明らかにされていなかった。
急性肝不全や肝炎に対する細胞療法などの新たな治療法の開発へ
そこで研究グループは、急性肝不全の背景となる急性肝炎患者について、血液中の免疫細胞の種類を解析し、病態に関与する免疫細胞の同定を試みた。同研究グループは、フローサイトメトリーにより、各急性肝炎患者の血液中の免疫細胞の種類を解析。その結果、急性期の自己免疫性肝炎患者において、健常者と比較して、樹状細胞の一種である「形質細胞様樹状細胞」が顕著に減少していることを発見した。
次に、自己免疫性肝炎が原因で急性肝不全となった患者の肝臓組織標本を用いて、形質細胞様樹状細胞の肝臓組織中における変動を解析した。その結果、急性肝不全患者の肝臓組織においても、形質細胞様樹状細胞の割合が、健常者の肝組織標本と比較して、顕著に減少していた。これらのことから、形質細胞様樹状細胞が自己免疫性肝炎および自己免疫性肝炎に起因する急性肝不全の病態に関与していることが示唆された。
さらに、自己免疫性肝炎モデルマウスを用いて、形質細胞様樹状細胞の本疾患における役割の解明を試みた。遺伝子改変技術により、形質細胞様樹状細胞を欠失させたマウスにConA 肝炎を誘導し、病態への影響を検討したところ、健常マウスに肝炎を誘導した場合と比較して、顕著な病態の悪化が認められた。加えて、骨髄細胞から大量培養して調製した形質細胞様樹状細胞をConA 肝炎誘発マウスに移植すると、病態が顕著に改善した。これらのことから、モデルマウスにおいて、形質細胞様樹状細胞が保護的な役割を果たしていることが示された。すなわち、形質細胞様樹状細胞を移植する、もしくは増殖を誘導するという方法が、自己免疫性肝炎および自己免疫性肝炎に起因する急性肝不全の新たな治療法となる可能性が示唆された。
続けて、形質細胞様樹状細胞が急性肝障害を抑制する詳細なメカニズムの検討を行った。形質細胞様樹状細胞を移植したConA 肝炎誘発マウスと移植していないConA マウスの血清中サイトカイン量を網羅的に解析したところ、形質細胞様樹状細胞を移植したマウスの血清において、免疫抑制性のサイトカインである IL-35 が顕著に増加していることを発見。このIL-35というサイトカインは、肝炎の悪玉因子として働くインターフェロン(IFN)-γを抑制する作用があることが知られているが、今回、形質細胞様樹状細胞を移植したマウスの血清中で、IFN-γに加え IFN-γを産性する肝臓中TH1細胞も有意に減少していることがわかった。
また、形質細胞様樹状細胞を移植したマウスに、IL-35活性を中和する抗体や、IL-35の主要な産生細胞である制御性T細胞を除去する抗体を投与したところ、形質細胞様樹状細胞の肝炎抑制作用は失われた。これらのことから、形質細胞様樹状細胞が制御性T細胞のIL-35を増加させ、IL-35が肝臓中TH1細胞を減少させることにより、その産物である悪玉因子のIFN-γも減少し、肝臓の炎症が抑制されることが示された。
ヒト由来の形質細胞様樹状細胞を用いた詳細な検討を予定
今回の研究では、形質細胞様樹状細胞に肝臓を保護する機能を有しており、形質細胞様樹状細胞の減少が急性肝不全の発症・病態の増悪化の原因となっている可能性が示唆された。現在、肝移植以外に急性肝不全を改善する有効な治療法は報告されていない。研究グループでは、今回得られた知見に関し、ヒト由来の形質細胞様樹状細胞を用いた詳細な検討を予定しており、今回の成果は、急性肝不全や肝炎に対する細胞療法などの新たな治療法の開発につながることが期待される。
▼関連リンク
・慶應義塾大学 プレスリリース