限られた数の原始卵胞卵を生涯使い続ける仕組みを研究
九州大学は6月27日、生命の永続性を担う卵母細胞の維持機構として物理的圧力が関わることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の永松剛助教、林克彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Science Advances」に6月26日付で掲載された。
画像はリリースより
生殖細胞は次世代に遺伝情報をつなぐ唯一の細胞系譜であり、その発生過程でさまざまな性質、形態の変化を伴う。特に卵子は個体の発生を遂行する機能を担う重要な細胞で、哺乳類の卵子は出生直後に原始卵胞として維持されるものを生涯にわたって使い続ける。ヒトにおける原始卵胞の枯渇は早期閉経を引き起こし、不妊の大きな要因となる。原始卵胞は卵巣内の皮質側に位置し、周囲を一層の扁平な顆粒膜細胞という卵母細胞を支持する細胞に囲まれた状態で維持されている。活性化に伴い扁平な顆粒膜細胞は立方状へと形態変化し、その位置も次第に髄質側へと移動する。この際に原始卵胞の維持に必須の転写因子であるFOXO3aが核内から核外へと移行することが知られており、顆粒膜細胞の形態とFOXO3aの局在が原始卵胞と活性化した一次卵胞とを分ける指標となっている。これらのことから原始卵胞の維持には卵母細胞と顆粒膜細胞との相互作用および卵巣皮質の環境要素が重要であると考えられてきたが、その詳細は不明だった。
卵巣内皮質の微小環境が原始卵胞の維持・活性化に直接関与
研究グループは、原始卵胞形成の過程を細胞内の形態を保ち張力を与えている繊維(ストレスファイバー)のF-actinと、細胞外基質のFibronectinの免疫染色によって解析した。胎生期の卵巣では卵母細胞はクラスターを形成している。この時期にはF-actinの染色性は微弱で、Fibronectinも隣接する中腎に比べると顕著に少ないことがわかった。一方で、出生直後の卵巣では卵母細胞の周囲を顆粒膜細胞が囲んだ卵胞構造が確認され、その周囲をF-actinおよびFibronectinが囲んでいることが明らかとなった。さらに、出生後の卵巣においてF-actinの染色を行ったところ、皮質の最外層部分でピークとなるシグナルが検出されることがわかった。このピークはタンパク質分解酵素液(CTK)で卵巣を処理すると消失するため、細胞間および細胞外基質による局所的な特徴(微小環境)と考えられた。
次にこの微小環境と原始卵胞の維持、活性化との関係について調べるため、CTK処理を行った卵巣をFOXO3aの免疫染色で解析。その結果、CTK処理によってFOXO3aの核外移行が促進されることが明らかとなり、CTK処理で原子卵胞の活性化促進が起こることが示唆された。そこで、CTK処理をした卵巣の培養を行い、卵胞の成熟過程の解析を行った。その結果CTK処理を行うと原始卵胞の活性化が促進され成長した卵子の数が増加することが判明し、細胞間および細胞外基質による卵巣内皮質の微小環境が原始卵胞の維持、活性化に直接関わることが明らかとなった。
加圧下培養により原始卵胞卵の静止状態が維持
さらに、ストレスファイバーであるF-actinの変化から卵巣内皮質では物理的な圧力が周囲に比べて強くかかっているのではないかと推測し、生体外で人為的に圧力を作用させることによって、逆に原始卵胞の活性化を抑制できることを見出した。
一方で、CTK処理前後における卵母細胞の形態を解析するために継時的な顕微鏡観察による動画解析を行ったところ、通常状態の卵母細胞では核が回転していることが明らかとなった。CTK処理によってこの核の回転は停止したが、CTK処理を物理的圧力付加下において行うと核回転は維持されることから、原始卵胞内の卵母細胞の核回転は圧力によるものと示唆された。また、この卵母細胞の核回転運動はモータータンパク質「ダイニン」の阻害剤(Ciliobrevin D : CD)を作用させると停止するため、ダイニン依存的な運動と考えられた。
そこで、核の回転運動と原始卵胞の維持、活性化との関係を調べるために卵巣にCDを作用させ、FOXO3aの局在を解析した。その結果CD処理によってFOXO3aの核外移行が促進されることが明らかとなった。さらに培養実験の結果から、CD処理によって原始卵胞の活性化が促進され成長した卵胞の数が増加することが明らかとなり、この結果はCTK処理の際と同様に、卵巣内の微小環境による圧力付加、細胞核回転、原始卵胞の維持といった一連のカスケードを示唆するものだった。加えて、生体内における卵巣皮質の環境を模した加圧培養によって生体外で原始卵胞卵を誘導することにも世界で初めて成功した。
今回の研究の成果で、原始卵胞卵の活性化の制御に圧力が関わることが明らかになり、さらに、加圧培養によってこれまで生体外では誘導できなかった原始卵胞卵の誘導に成功した。この成果は生殖期間の制御の可能性を示しており、将来的な不妊治療への応用を期待できるもの。「今後は減圧による原始卵胞の活性化制御や、生体外での原始卵胞の維持といった将来的な生殖補助医療への応用へとつなげていきたい」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 プレスリリース