Aβ蓄積の抑制と神経毒性を低減する天然物質を探索
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は6月27日、アルツハイマー型認知症の発病の要となるアミロイドベータタンパク質(Aβ)オリゴマーの神経毒性の低減を介して、病態を改善する効果を持つ植物由来の新しい治療・予防薬候補物質を発見することに成功したと発表した。この研究は、NCNP神経研究所の荒木亘客員研究員(前疾病研究第6部室長)らの研究グループが、株式会社常磐植物化学研究所、筑波大学、東京理科大学、東京都医学総合研究所と共同で行ったもの。研究成果は、国際科学雑誌「Journal of Alzheimer’s Disease」オンライン版に6月22日付で掲載された。
画像はリリースより
アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)は、認知症疾患のうち患者数が最も多いが、まだその治療は対症的なものに留まっている。この疾患は、脳内に異常タンパク質であるAβが蓄積することが特徴だが、最近、Aβの集合体であるAβオリゴマーが神経細胞のシナプスなどを障害し、病気の引金として働くことが明らかになってきた。研究グループのこれまでの研究により、Aβオリゴマーを取り除くことで、障害を受け始めた神経細胞も回復することが示唆された。そこで、Aβ蓄積の抑制だけでなく、Aβオリゴマーの神経毒性そのものを低減することが病気の治療につながりうると考え、そのような物質を天然物、特に植物エキスおよびその成分から探索した。
植物成分から「チロソール」を同定、効果を確認
研究グループはまず、独自に確立した神経細胞モデルを用いた実験で、Aβオリゴマーの神経毒性を低減する天然物を探索。神経毒性の指標として、アポトーシス誘導マーカーである活性化カスパーゼ3を用いた。複数の植物エキスをAβ42オリゴマーと同時添加して検討したところ、紅景天エキスに神経毒性抑制効果が認められた。次いで、同エキス中の複数の含有成分について同様の実験系で検討を行い、「チロソール」に有意な毒性低減効果を見出した。さらに、別の実験から、チロソールはAβ42の凝集には影響せず、凝集阻害による効果ではないと考えられた。また、Aβオリゴマーとチロソールを添加した細胞では、オリゴマーのみを添加した細胞に比べて、細胞障害の指標である酸化ストレス反応に関しても抑制効果が認められた。
次に、この物質が生体においても病態を修飾する効果があるか調べるため、マウスモデルへの慢性投与実験を実施。実験には、早期に発症するトランスジェニックマウスである5XFADマウスと、対照として野生型マウスを用いた。それぞれを2群に分け、一方には水のみを、他方にはチロソールを含む水を12週間または20週間投与した。はじめに、Aβ沈着、蓄積量を調べたところ、水のみ投与、チロソール投与したモデルマウスで有意な差がなかった。次に、Aβオリゴマーは、酸化ストレス、シナプス障害を起こすこと、モデルマウスでは同様な異常が見出されることを考慮し、チロソール投与がこれらの異常に対して改善効果を持つか調べた。その結果、チロソールの投与により、モデルマウスの酸化ストレス病態、シナプス異常が改善したことが示唆された。さらに、空間認知機能を評価するため、バーンズ迷路試験を行った結果、12週、20週投与いずれの場合も、水投与モデルマウスでみられる空間認知機能の異常が、チロソール投与マウスでは軽度改善していた。
以上から、チロソールはAβオリゴマーの神経毒性の低減を介して、アルツハイマー病態を有意に改善し、認知障害を回復させる効果を持つことが明らかとなった。チロソールがオリゴマーの神経毒性を低下させるメカニズムはまだ明らかではないが、オリゴマーが酸化ストレスを誘起することが毒性に関与しており、チロソールが抗酸化能を有することが毒性の緩和に働いている可能性がある。「チロソールは安全性の高いアルツハイマー病の治療・予防薬候補物質となると考えられる」と、研究グループは述べている。