遺伝性脊髄小脳変性症(SCAR10)の原因遺伝子「TMEM16K」
東北大学は6月18日、生体膜をつくる主要な脂質であるホスファチジルセリン(PS)を観察する新たな方法を開発し、遺伝性脊髄小脳変性症の原因遺伝子のひとつであるタンパク質TMEM16Kが細胞内部の生体膜のPS分布を変化させる機能を持つことを明らかにしたと発表した。この研究は、名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞学分野の辻琢磨助教(現・順天堂大学特任助教)、藤本豊士名誉教授(現・順天堂大学特任教授)、大阪大学免疫学フロンティア研究センターの長田重一栄誉教授、東北大学大学院生命科学研究科の田口友彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要」(PNAS)に掲載されている。
画像はリリースより
細胞表面や細胞内小器官を作る生体膜は2層の膜脂質が形成する脂質二重層を基本構造としている。細胞表面を被う生体膜の脂質二重層は、細胞内に向いた層だけにPSがある非対称性を示す。研究グループはこれまでの研究により、細胞内カルシウム濃度の増加によりタンパク質TMEM16Fが活性化することによってPSが細胞外に向いた層に移動し(非対称性分布のかく乱、スクランブラーゼ)、生理的に重要な働きを持つことを明らかにしていた。一方、細胞内小器官の膜にはTMEM16Fとよく似た分子構造を持つTMEM16K、TMEM16Eなどが存在することが知られている。TMEM16KはSCAR10と呼ばれる遺伝性脊髄小脳変性症の原因遺伝子だが、技術的な問題からその本来の機能は未知だった。
TMEM16K欠損で、カルシウム濃度上昇によるPSの分布変化が著明に減弱
研究グループは今回、PSに特異的に結合するevectin-2というタンパク質の一部分を利用して、PS分布を解析する新たな電子顕微鏡の方法を開発した。この方法により、脂質二重層を作る2層それぞれにおけるPSの分布パターンと分布密度をナノレベルで知ることが可能となった。そこで、この方法を用いてマウスの細胞を解析した結果、これまでPSがほとんどないと考えられていた小胞体膜の細胞質側の層にPSが豊富に存在し、逆に小胞体膜の内腔側の層(細胞質側と反対の層)にはPSがわずかしかないことが判明。細胞内のカルシウム濃度を上昇させると、小胞体膜・細胞質側のPSが減少するとともに小胞体膜・内腔側や核膜のPSが増加した。このPS分布の変化は、遺伝子操作によってTMEM16Kを欠損させた細胞では見られなくなり、その細胞にTMEM16Kを戻すと再び出現した。これらの結果より、生理的な状態の小胞体膜ではPSが細胞質側に多く、内腔側に少ないという非対称性分布を示すこと、細胞内カルシウム濃度が上昇するとTMEM16Kが活性化されて、小胞体膜と核膜のPS分布が大きく変化することが明らかになった。
今回の研究により、TMEM16Kが細胞内の膜におけるPS分布の調節に大きな役割を果たすことが解明された。TMEM16Kの変異によってPSの分布変化が起こらなくなると細胞にどのような異常が生じるのかはまだわかっていないが、その疑問を解くことにより脊髄小脳変性症の発症のメカニズムに迫ることができると期待される。さらに今回の研究では、小胞体膜のPS分布がこれまで信じられてきたものと全く異なること、また、連続する小胞体膜と核膜のPS分布に大きな差があることが明らかになった。「これらは細胞生物学の観点から見て、非常に興味深い発見であり、特に、核膜におけるPS分布変化が持つ意義の解明が期待される」と、研究グループは述べている。
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