体内リズムのスイッチはノンコーディング領域にあるのか
京都大学は6月12日、体内リズムの発現のスイッチとなるDNA配列を発見したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究科の土居雅夫教授、嶋谷寛之博士課程学生、跡部祐太博士課程修了生、岡村均特任教授(京都大学名誉教授)のグループによるもの。研究成果は、国際科学誌「Nature Communications」のオンライン版に同日付で掲載された。
生物の設計図であるゲノムにはタンパク質をコードする領域とコードしない領域があり、後者をノンコーディング領域と呼ぶ。ノンコーディング領域のDNA配列は生物の発生や進化の過程で重要であることは示されていたが、発生の段階を過ぎた成体において日常的な活動や生理機能の制御における役割は明らかにされていなかった。
今回研究グループは、ノンコーディング領域のDNA配列がもつ生理学的役割を、哺乳類の体内時計機構において調べた。人類を含むほぼ全ての生物は体内時計をもち、地球の自転にともなう環境の変化に応じて活動量や体温などの生理機能を24時間周期でリズミックに変化させる。このリズムは、時計遺伝子の5’上流ノンコーディング領域のシスエレメントが仲介する転写レベルのフィードバックループによって成立すると考えられている。しかしながら、このモデルの論理的根拠は時計遺伝子のタンパク質コーディング領域を欠落させた遺伝学的見地に基づいており、実際にノンコーディング領域のシスエレメントを介したフィードバックループが生体のリズム形成に不可欠であるかどうかは謎だった。
画像はリリースより
シスのノンコーディング領域が、適切な体内リズムの維持に必須であると判明
研究グループは同研究で、時計遺伝子の発現を制御するノンコーディング領域のDNA配列がマウス個体の活動および体温の日内リズムの維持に必要であることを見出した。具体的には、体内時計の振動形成の中核機能を担うPeriod2遺伝子の5’上流プロモーター領域に存在するシスエレメントE’-boxに点変異を導入したマウスを、piggyBacトランスポゾンを用いた特殊なDNA改変技術を駆使して作出し、体内時計機構に関する次の研究成果を得た。
まず、E’-box点変異マウス(m/m)の行動量と体温の日内変動を計測し、時計遺伝子のプロモーター領域のシスエレメントが成体の安定的な概日リズム形成に不可欠であることを明らかにした。次に、体内時計の最高位中枢器官である視交叉上核のスライスカルチャーおよび末梢臓器のスライスカルチャーにおける概日時計遺伝子発現リズムを計測し、組織自律的な概日リズム形成に時計遺伝子プロモーター領域のシスエレメントが不可欠であることを示した。最後に、末梢組織から採取した初代培養細胞を用いて時計遺伝子の発現リズムをmRNA およびタンパク質レベルにおいて追跡し、細胞の自律的な概日リズム形成に時計遺伝子プロモーター領域のシスエレメントが必須であることを明らかにした。つまり、時計タンパク質自体は正常に残されていても、ノンコーディング領域のDNAスイッチにあたる部分を変異させたら、体内リズムが狂ってしまったというわけだ。
ノンコーディングDNAが発生の段階を過ぎた成体において個体の動的な生理制御にどの程度の寄与を有するのかについてはこれまで確たる実験的証拠に欠けていたが、今回、ノンコーディングDNA点変異マウスを独自に開発し、それを用いて研究したことにより、ノンコーディングDNAを介したダイナミックな制御がマウス成体において活動/体温の日内リズムを生み出すことを初めて実験的に立証できた。これは、従来の進化発生生物学的な枠組みを超えたノンコーディング領域の生理的重要性を裏付ける重要な知見といえる。最近の大規模臨床試験によるゲノムワイド関連解析において、朝型 夜型に相関する一塩基多型が見出され、その多くがヒトのゲノム上のノンコーディング領域に位置することが示されている。「今回の研究成果は、体内時計を制御するノンコーディング領域の役割を理解する上で最初の重要な一歩になるかもしれない」と、研究グループは述べている。
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・京都大学 研究成果