DEEの遺伝的構造の全体像は未解明
横浜市立大学は6月7日、発達性およびてんかん性脳症(developmental and epileptic encephalopathy:DEE)患者743名、健常対照群2,366名の大規模エクソーム解析を行い、この疾患群が単純なメンデル型遺伝病の集合体ではないことなどを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学学術院医学群遺伝学の高田篤講師、松本直通教授、浜松医科大学医学部医化学講座の中島光子准教授、才津浩智教授、昭和大学小児科学講座の加藤光広教授らの多施設共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に同日付で掲載された。
画像はリリースより
DEEは、てんかん発作および脳波異常と、それらに起因すると考えられる発達の遅滞もしくは退行を特徴とする疾患群。多くの場合、幼少期に発症し、さまざまな薬剤による治療の効果がなく、重篤な症状を伴うことから、患者およびその家族の生活に大きな影響を与える。この疾患群は遺伝的に多様で、これまでに70を超える原因遺伝子が報告されている一方で、約半数の症例ではこれらの遺伝子に原因変異が認められていない。また、同じ原因遺伝子に全く同じ変異を有しているにも関わらず、症状の重篤度が大きく違う場合もある。そのため、DEEの遺伝的構造の全体像は未だ明らかにはなっておらず、大規模研究による知見の拡大が待ち望まれていた。
既知以外のDamaging変異が、異なる遺伝子の表現型に影響
今回研究グループは、日本人DEE患者743名、健常対照群2,366名のエクソーム解析を行い、集団全体で一度しか発見されず、一般集団の遺伝子変異データベースに登録されていない「極めてまれな遺伝子変異」に着目して解析を行った。まず、極めてまれな変異を、予想されるタンパク質への影響別に解析したところ、タンパク質機能を大きく破壊されるタイプの極めてまれな変異(Damaging変異)が、患者群では有意に多いことがわかった。Damaging変異は、予想通り既知のDEE遺伝子で特に多く、患者群では健常対照群の10倍以上の頻度で認められた。一方、既知の遺伝子以外でもDamaging変異は罹患群で有意に多く、これらの変異を有する遺伝子の中に、未知の原因遺伝子が潜んでいることが示唆された。
次に研究グループは、既知の遺伝子のDamaging変異、すなわちDEEの原因である可能性が極めて高い変異を有する患者(変異保有群)と、それ以外の患者(変異非保有群)に分けて解析を行った。既知の遺伝子のDamaging変異が、それだけでDEE発症の十分条件となる場合には、変異保有群では既知遺伝子以外のDamaging変異が多くないことが想定されていたが、その予想に反して、既知遺伝子変異保有群、非保有群ともに、既知以外の遺伝子Damaging変異が多いという結果だった。既知の遺伝子以外のDamaging変異が多いという発見は、既知変異保有群の中でも、過去にDEEではない比較的軽症の症例例(てんかんを伴わない自閉スペクトラム症など)で原因として報告された変異と同じものを有するDEE患者で顕著だった。このことから、既知以外の遺伝子変異が、異なる遺伝子の表現型(症状)に影響し(表現型修飾)、DEEという重篤な疾患の発症に関与していることが示唆された。
点頭てんかんの関連遺伝子NF1がDEEのリスクにも関与
また研究チームは、極めてまれなDamaging変異が患者群で有意に多いかどうかについての、遺伝子単位での解析を行った。その結果、CDKL5、STXBP1、SCN1A、SCN2A、KCNQ2の5遺伝子では、多重検定の補正後も、有意に罹患群で極めてまれな Damaging変異が多いことがわかった。これらの5遺伝子は、いずれも既にDEEの原因として報告がある遺伝子だった。一方、これまでにDEEとの確実な関連が報告されていない遺伝子の中では、神経線維腫症1型の原因遺伝子として知られるNF1などに、患者群で極めてまれな Damaging変異が多いことを同定した。
NF1のDamaging変異についてさらに検討を進めたところ、3人の点頭てんかん(West症候群)患者で同定された変異は、いずれもde novo変異であることがわかった。de novo変異の生成確率は数千万から1億塩基に1つと言われており、今回解析対象とした237人の点頭てんかん患者のうち3人という高頻度でNF1にDamagingなde novo変異が見られたことは、NF1がこれまで見逃されていた点頭てんかんの関連遺伝子であることを示唆するという。したがって、これまでDEEとは直接的な関連が示されていなかった神経線維腫症1型でも、点頭てんかんを含むDEEの合併に留意する必要があることが示された。
既知遺伝子の変異に加えて、別の遺伝子の表現型(症状)に影響するような遺伝子変異の存在、DEEではない遺伝病の原因として知られるNF1がDEEのリスクにも関与することの同定は、いずれもこの疾患群が単純な疾患(メンデル型遺伝病)の集まりではないことを示す発見。今後、DEEや類似の症状を呈する神経発達障害の遺伝子診断をより正確に行うためには、疾患の主要因と考えられる変異以外にも注意を払う必要があることが、今回の研究により示唆された。また裏を返すと、単一遺伝子が原因の病であることを前提としたこれまでの解析では原因遺伝子変異が同定できなかった症例について、多因子遺伝を想定した解析を行うことによって遺伝子診断が行える可能性を示しているとも考えられる。「今後さらに大規模な研究を推進していくことにより、DEEに関与する遺伝要因の全体像が明らかになることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース