自己の身体状態を意識し、主観的感情を生み出す「島皮質」
名古屋大学と慶応義塾大学は6月6日、脳腫瘍患者に対する覚醒下手術によって、感情認識に関わる脳機能ネットワークを明らかにしたと発表した。この研究は、名古屋大学大学院医学系研究科脳神経外科学の本村和也准教授、慶應義塾大学文学部心理学研究室の梅田聡教授、寺澤悠理准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、国際科学誌「Brain Structure and Function」の電子版に公開されている。
画像はリリースより
うれしい、悲しい、腹立たしい、といった自己の感情を認識するために、脳内のネットワークがどのように機能しているかは明らかにされていない。過去の研究から、脳の中の島皮質(島回)は感覚の中でも特に、内臓感覚の処理に重要であると考えられている。また、感情の認識においては、胃や腸の活動と最も関連の深い「嫌悪」という感情に関わるという結果が示されている。しかし、機能的MRIを用いた脳機能イメージングにより、島皮質前部は嫌悪という感情のみならず、心拍や呼吸といった身体内部の状態に関する感覚である内受容感覚を意識する場合や、主観的に感情を感じる場合に共通して、その活動が高くなることもわかってきている。これらのデータにより、感情を経験するためには内受容感覚が重要な役割を担っており、島皮質が大脳でその中枢として機能している可能性があると考えられる。
研究グループはこれまで、脳損傷患者症例を対象とした神経心理学的な手法および機能的MRIを用いた脳機能画像解析から、島皮質が自己の身体状態を意識し、文脈や状況と組み合わせることにより、主観的感情を生み出していることを示した。また、その活動量により、個人における感情の認識のしやすさも予測している。
島皮質前部が感情認識に関わる脳機能ネットワークを形成
今回研究グループは、島皮質に係る脳腫瘍患者に対し、表情認識課題(顔写真から表情を認識する課題(怒り・喜び・悲しみ・嫌悪・感情なし))を用いながら、実際に覚醒下手術中に島皮質を直接刺激することで、感情認識に関わる脳機能ネットワーク解析を実施。手術前、覚醒下手術時および手術後において、表情認識課題を用いて、どれを感じるか答えてもらうことで、表情が表す感情の種類、強さの識別に対して検討を行った。
その結果、覚醒下手術中に島皮質前部を直接刺激すると、「怒り」の認識が明らかに増強された。また、島皮質を摘出後は、「怒り」の認識がはっきりと低下し、逆に「悲しみ」の認識が増加した。さらに、Voxel-based lesion symptom mapping(損傷領域と症状の関係性を詳細に検証する手法)によると、怒りの認識は左島皮質と関連することが示された。これらの知見は、島皮質が身体内部からの情報である内受容感覚に基づく覚醒度の神経基盤として、怒りや悲しみなどの感情認識の変化に関わっていることを示唆している。
今後は感情認識だけでなく、自律神経機能を含めた島皮質を中心とする脳内のネットワークの解析を行っていく予定だという。研究グループは、「それらの解析によって、今後は脳腫瘍摘出の際に、言語、運動機能の温存だけでなく、今回同定できた「心(感情認識)」の機能も温存しながら切除するという新たな覚醒下手術法の発展につながることが期待される」と、述べている。
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