運動が自閉症治療に有効である可能性を検証
東京大学は6月5日、自発的な運動が自閉症モデルマウスにおける自閉症様行動と、脳内シナプス密度の増加を改善させることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院薬学系研究科の小山隆太准教授、安藤めぐみ大学院生、池谷裕二教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Cell Reports」に6月4日付で掲載された。
画像はリリースより
自閉症は患者やその家族の生活の質を損ねることが問題となっているが、その発症メカニズムは十分に解明されておらず、根本的な治療法も確立されていない。運動は記憶や学習といった脳機能の向上に寄与することが示唆されている。そこで今回研究グループは、自閉症の治療法として、運動が有効である可能性を検証した。
運動によって自閉症様行動とシナプス変性が改善、シナプス貪食が促進
自閉症のリスク要因の一つに、妊娠中のウィルス感染がある。そこで今回の研究では、母体免疫活性化による自閉症モデルマウスを用いた。これは、妊娠マウスに二重鎖RNAであるpoly(I:C)を投与し免疫反応を惹起することでウィルス感染を模倣するもので、生まれてきた仔マウスは成長後に自閉症様行動を示す。
まず、成体期になった自閉症モデルマウスの飼育ケージに回し車を入れ、1か月間、自発的な車輪運動をさせた。その後、行動試験を行ったところ、社会性障害や常同行動などの自閉症様行動が改善された。
次に、自閉症の発症にシナプス形態や機能の変性が関与することが示唆されているため、運動がシナプス変性を改善する可能性を検証した。その結果、運動により、歯状回の顆粒神経細胞の活動が上昇した。そこで、顆粒神経細胞と海馬CA3野の錐体神経細胞との間に形成されるシナプスに着目したところ、成体期の自閉症モデルマウスでは、シナプス密度が増加し、これが発達期のシナプス刈り込み不全に由来することが判明した。さらに、自閉症モデルマウスに運動をさせたところ、成体期のシナプス密度がコントロール群と同程度にまで低下した。
神経細胞の活性化がマイクログリアのシナプス貪食を促進
マイクログリアは、発達期にシナプスを貪食してシナプス密度を制御し、正常な神経回路の構築に寄与することが示されてきた。そこで、自閉症モデルマウスにおいてマイクログリアによるシナプス貪食が不全となっている可能性を検証した。その結果、発達期の自閉症モデルマウスでは、マイクログリアによるシナプス貪食量が減少することが判明した。また、成体期に運動をさせた自閉症モデルマウスでは、マイクログリアによるシナプス貪食量がコントロール群と同程度まで増加した。
発達期のシナプス刈り込みにおいて、マイクログリアは神経活動が相対的に弱いシナプスを貪食することが示唆されている。そこで、顆粒神経細胞の活動上昇がシナプス貪食を促進させる可能性を検証した。検証には、遺伝子改変型Gタンパク質共役型受容体を外在性の基質であるclozapine N-oxide(CNO)によって特異的に活性化させる、designer receptors exclusively activated by designer drugs (DREADD) システムを用いた。マウスの顆粒神経細胞の一部に興奮性DREADDであるhM3Dqを強制発現させ、CNO投与により神経活動を上昇させたところ、マイクログリアによるシナプス貪食が促進した。これにより、一部の顆粒神経細胞の活動が上昇したことで、シナプス活動に強弱が生じ、マイクログリアが活動の弱いシナプスを貪食した可能性が考えられた。以上の結果から、自閉症の発症や治療にマイクログリアによるシナプス貪食が関与することが示唆された。
今回の研究成果は、運動が自閉症における行動やシナプス変性を正常化するメカニズムの発見は、自閉症の治療法としての運動が有効である可能性を支持するもの。また、同研究でシナプス変性への関与が示されたマイクログリアは、母体免疫活性化に強く反応する脳内免疫細胞として近年注目を集めている。研究グループは、母体免疫活性化により引き起こされるマイクログリアの変異とその脳機能への影響について、さらなる検証を進めていくとしている。
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