急務とされる新たな抗生剤の開発
東京医科歯科大学は5月29日、鶏卵白由来のリゾチームというタンパクとカニ甲羅由来のキトサンオリゴ糖を、メイラード反応を介して生成した、リゾチーム・キトサンオリゴ糖複合体(LYZOX(R)、リゾックス)が、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)や耐性菌で問題となる緑膿菌、アシネトバクターに有効であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学院医歯学総合研究科・統合呼吸器病学分野の齋藤弘明大学院生、宮崎泰成教授らと、九州大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科の村上大輔講師、和興フィルタテクノロジー株式会社との共同研究によるもの。研究成果は、国際科学誌「PLOS ONE」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
抗生剤の不適切な使用が細菌の耐性化を導き、緑膿菌、アシネトバクター・バウマニ、MRSAを含む薬剤耐性菌が院内感染や易感染者において問題のひとつとなっている。これらの対策を立てない限り、2050年には薬剤耐性菌による死亡者数は世界で1000万人にも及ぶと推計されており、不適切な抗生剤使用を防ぐと同時に、新たな抗生剤の開発が強く望まれている。
リゾチームは鶏卵白から得られる安全性の高いタンパクだが、熱に弱く、抗菌作用も限定的。一方、キトサンは主に甲殻類の殻から得られる多糖類で、さまざまな細菌に抗菌作用を持っているが、酸の溶液でないとよく溶けないという特性がある。触媒などの薬品が不要なメイラード反応は、タンパクと糖類を結合させて複合体を作り、複合体の乳化作用、熱安定性、溶解性、抗菌作用を高めることが確認されている。
4時間、80℃で熱しても、抗菌性を失わず
今回研究グループは、メイラード反応により得たリゾックスが、MRSAや薬剤耐性で問題となる緑膿菌、アシネトバクターに有効であるかを調査。それぞれの細菌において、生理食塩水に溶かしたリゾックスは、その構成成分(リゾチームとキトサンオリゴ糖)や、LGC(リゾチーム・ガラクトマンナン複合体)より強い抗菌作用を示し、液体培地に溶かしたリゾックスは、その構成成分やLGCより細菌の増殖を有意に抑制した。これらの結果から、メイラード反応により抗菌作用が高められたこと、リゾチームのメイラード反応のパートナーはガラクトマンナンより、キトサンオリゴ糖の方が良いことがわかった。
次に、抗菌作用の機序を調べるため、細胞膜完全性試験、NPNアッセイ、ONPGアッセイを行い、共焦点レーザー走査型顕微鏡を施行した。これらの結果は、リゾックスはグラム陰性菌(緑膿菌、アシネトバクター)では細胞外膜と細胞内膜を障害し、グラム陽性菌(MRSA)では、原形質膜を障害することで抗菌作用を示すことを示唆し、共焦点レーザー走査型顕微鏡でも障害された細菌の細胞膜が確認された。細胞膜がどのように障害されているかを形態的に見るため、電子顕微鏡検査を施行したところ、いずれの細菌においても、リゾックスに反応させると、リゾチーム単独による細菌の形態変化とキトサンオリゴ糖単独による形態変化の両方の特徴を併せ持っており、リゾックスはリゾチームとキトサンオリゴ糖の抗菌作用を併せ持ち、それらが相乗的に働くと推察された。
さらに、継代培養による耐性獲得試験を行ったところ、リゾックスは10継代の時点では、いずれの細菌からも耐性獲得をされなかった。リゾックスの特性についても調べたが、4時間、80℃で熱しても、抗菌性を失わないこと、溶血毒性はないことが確認できたという。
耐性菌による感染症の予防・治療のみならず医療費の削減にも貢献する可能性
今回の研究成果により、リゾックスは、MRSAと薬剤耐性化で問題となる緑膿菌、アシネトバクターに対して抗菌活性を認め、耐性獲得されづらいことから、これらの細菌のさらなる薬剤耐性を抑えつつ、感染症の予防や治療に応用できる可能性が見出された。
また、耐性菌に対する抗生剤は高額なものが多いが、リゾチームとキトサンオリゴ糖は天然素材より比較的安価に精製できるため、リゾックスは感染症治療に関する医療費の削減にも貢献する可能性があるという。新規の抗生剤開発が停滞している昨今、新たな治療薬としての応用が期待される。
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