日本は1990年代後半、韓国は2000年代後半以降に管理職の自殺率が上昇
東京大学は5月29日、男性の職業階層別死亡率について日本と韓国の上級熟練労働者(管理職・専門職)の死亡率がその他の職業階層より高くなっており、上級熟練労働者の死亡率が最も低い欧州各国と比べてその傾向が大きく異なることを明らかした研究結果を発表した。この研究は、同大学院医学系研究科社会医学専攻公衆衛生学分野の田中宏和医学博士(研究当時)・李廷秀特任准教授・小林廉毅教授らと、エラスムス大学医療センター公衆衛生学分野のヨハン・マッケンバッハ教授らによるもの。研究成果は、英国の疫学・公衆衛生専門誌「Journal of Epidemiology and Community Health」オンライン版にて公開されている。
画像はリリースより
欧米では、健康格差(死亡率格差)は社会経済的要因により少なからず既定されており、教育歴・職業階層が高いほど死亡率が低い状態にある。この格差は2000年以降においても解消されていない。一方、日本と韓国においては、死亡率格差が欧州の傾向と異なる可能性が示唆されている。
日本において職業別死亡率の経年変化を分析した研究によれば、1990年代後半以降、管理職・専門職(職業階層が高い群)の死亡率が上昇し、その他の職業と年齢調整死亡率が逆転したことが報告されている。また、韓国では2000年代後半以降に管理職の自殺率が上昇していることが報告されている。しかし、職業分類など同一の基準で日本・韓国と欧州などとの国際比較研究は行われておらず、その全体像は明らかにされていなかった。この特徴的な健康格差(死亡率格差)の全体像を明らかにするため、研究グループは、日本と韓国および欧州8か国(フィンランド、デンマーク、イングランド/ウェールズ、フランス、スイス、イタリア、エストニア、リトアニア)の過去25年間の変化について、国際共同研究を実施。職業階層別死亡率の格差を分析した。
日本と韓国では健康格差の社会階層間の相違が小さい可能性
その結果、欧州8か国では全ての国で非熟練労働者(生産工程従事者・運転従事者など)の死亡率が最も高く、上級熟練労働者(管理職・専門職)の死亡率が最も低い傾向が継続して観察された。
一方、2015年の日本と韓国においては上級熟練労働者の死亡率が、農業従事者に次いで、最も高くなっていた。日本では1990年代後半、韓国では2000年代後半、それまで最も死亡率の低かった上級熟練労働者の死亡率が上昇し、他の職業階層の死亡率と傾向が逆転するという、大きな変化が観察された。さらに、上級熟練労働者では、全ての死因で死亡率上昇が観察され、悪性新生物と自殺の死亡率上昇が顕著だった。韓国では管理職・専門職男性の死亡率上昇はいわゆるリーマン・ショックに端を発した世界金融危機の時期と一致していた。なお、同じ時期に欧州各国と日本では特定の職業階層での死亡率上昇は観察されなかった。さらに、欧州においては死亡率が高い非熟練労働者(生産工程従事者・運転従事者など)の死亡率が日本と韓国では低く、特に日本で健康格差が小さいことが明らかになった。
今回の研究で、日本と韓国で欧州と異なった傾向が観察された理由として、日本と韓国における健康行動に関連する健康格差の社会階層間の相違が小さい、または一貫していないという可能性が考えられるという。
また、日本と韓国では非熟練労働者に占める大学卒・大学院修了者の割合が約20%で(欧州各国では10%以下)、教育歴の分布が異なるため特に、非熟練労働者の死亡率が低く抑えられている可能性もあるという。さらに、男性の職業階層別死亡率の傾向が日本・韓国と欧州で大きく異なることも示され、この傾向の出現には、日本と韓国において経済危機期の上級熟練労働者(管理職・専門職)の死亡率上昇が関連していることが明らかになった。
今後も要因の分析を進め、健康格差縮小に向けた施策につなげる
今回、日本と韓国の健康格差(死亡率格差)の特徴が明らかにされただけでなく、日本と韓国で非熟練労働者の死亡率が低く抑えられていることから、欧州における死亡率格差の縮小にも示唆を与えた。
研究グループは、「今後の展望として、日本と韓国における管理職・専門職の高い死亡率の要因の分析を進めるとともに、その要因となり得る主観的健康観や健康関連行動(喫煙、アルコール消費など)で、欧州と異なる傾向が観察されるか詳細な分析を進め、健康格差縮小に向けた施策につなげていきたいと考えている」と、述べている。
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