ASDの中心症状「社会性交流障害」に効果を示すOT
金沢大学は5月29日、社会性行動の調節に重要なホルモンであるオキシトシン(OT)の類似体を有機合成し、それらの化合物の中からマウス体内で天然に作られる内在性OTよりも長期間作用し効果も大きい化合物を新しく発見したと発表した。この研究は、同大子どものこころの発達研究センターのチェレパノフ スタニスラフ博士研究員と、東田陽博特任教授、横山茂教授らと、大阪大学、東北大学、北海道大学らの共同研究グループによるもの。研究成果は、米国化学会誌「Journal of Medicinal Chemistry」のオンライン版に掲載された。
画像はリリースより
OTは子宮や乳腺のような生殖器官、心臓および中枢神経系に作用するペプチドホルモン。子宮平滑筋収縮と乳汁分泌促進に加え、神経活動調節作用を持ち、多くの哺乳動物種の社会的なふるまいや認知・記憶といった社会的なコミュニケーションに重要な役割を果している。そのため、ヒトが他人の心を推し量り、交流する際に必要なホルモンと考えられており、「愛情ホルモン」とも呼ばれる。
自閉スペクトラム症(ASD)の中心症状である「社会性交流障害」に対し、有効な薬物はまだない。昨今、OTが中心症状の新薬候補化合物(リード化合物)である可能性が示されてきたが、治療薬としてのOTには、まだ克服すべきさまざまな弱点があるとされている。
これまでに行われたASD患者への鼻腔内OT投与の臨床試験では、有効性を確認できたという報告と、できなかったという報告がある。しかし、家族の行動観察記録を社会交流行動という指標で確認すると、交流エピソードの頻度が増加することも報告されている。このような相反する報告は、血中OTの分解速度や消失速度が速いこと、および脳内移行性が低いことが原因と考えられてきた。
研究グループはこれまで、脂質化OT(LOTs)と名付けた3つのOT類似化合物が、自閉症治療法研究のモデル動物とされているCD38遺伝子欠損マウスあるいはCD157遺伝子欠損マウスにおいて、社会的障害改善作用を24時間持続して示すことを報告している。しかし、LOTsでは十分な薬理効果を証明できず、新たなOT類似化合物が期待されていた。
長時間に渡りマウスの子育て行動を改善
研究グループは、9個のアミノ酸からなるOTの環状構造を作る-S-S-構造を-SC-に変えたOT類似体であるカルベトシンをもとに、アミノ酸「プロリン」にフッ化ベンゼン化グリシンまたはヒドロキシプロピル化グリシンを付加したOT類似化合物を合成し、それぞれを化合物2および化合物5とした。
まず、オキシトシン受容体(OTR)を安定的に発現する細胞株を樹立し、トリチウムラベルのOTを使った受容体結合実験を実施。化合物2と化合物5はともに、OTRに対し、内在性OTと同等の高い結合能を持つことが確認された。そこで、OTがOTRに結合すると細胞内カルシウム濃度が上昇する反応が、両化合物についても起こるか否かを調べる実験を行った。その結果、OTR発現培養細胞に化合物2を添加した際の細胞内カルシウム濃度上昇は、内在性OTの添加時よりも30%高いことが判明。これにより、化合物2は内在性OTと同様に、OTRに結合してOTRを作動させるだけでなく、その作用を強めることが明らかになった。この結果は、親油性鎖が欠如しているにもかかわらず、LOTsのように長時間に渡り社会的行動障害を改善する効果を有していることを示しているという。
次に、これらの作用について、父親が子育て行動を示さないCD38遺伝子欠損マウスおよび遺伝子編集法のひとつであるCRISPER/Cas9法により作出した自閉症マウスモデルを使い、個体レベルの行動実験を行った。内在性OTを腹腔注射した場合、父親は子育て行動を示したが、その効果は6時間以内に消失。一方、化合物2を腹腔注射した場合には16時間、化合物5を腹腔注射した場合には24時間以上、父親の子育て行動が持続した。
これらの結果は、化合物2と5が、自閉症の社会性記憶障害や社会性行動障害改善を目的とした症状改善薬として、OTよりも効果的である可能性を示唆している。しかし、実際にヒトに応用できるようになるまでには、前臨床試験をはじめとするさまざまな研究が必要となる。研究グループは、「化合物の安定性や毒性、体内動態等について研究を進めている」と、述べている。
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