再生医療、遺伝子治療、がん治療分野において不可欠なウイルスベクター
東京大学は5月28日、マグネットという光スイッチタンパク質を使って、遺伝子発現や増殖を思いのままにスイッチオン・スイッチオフできる世界初のウイルスベクターの開発に成功したと発表した。この研究は、国立感染症研究所の田原舞乃主任研究官、竹田誠部長、東京大学大学院総合文化研究科の佐藤守俊教授、東京大学医科学研究所の谷憲三朗教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されている。
画像はリリースより
再生医療、がん治療、そして遺伝子治療などの分野において近年医療は目覚ましい進歩を遂げている。これら全ての分野において、ウイルスベクターは不可欠な役割を果たしている。ウイルスベクターの性能として期待されつつも困難とされてきた技術のひとつが、「ウイルスベクターの遺伝子発現や増殖を、意のままに操ること」だ。この技術があれば、不要になったウイルスベクターは簡単に取り除くことができ、また必要な場所、必要な時にだけ増殖させることが可能となり、利便性や安全性が飛躍的に向上する。しかし、ウイルスベクターの意図的な取り除き法については、さまざまな努力がなされてきたが、確実かつ安全で、効果的な方法は開発されていない。
そこで研究グループは、再生医療、腫瘍溶解性治療でよく利用されているモノネガウイルスに着目。モノネガウイルスの代表である、麻疹ウイルスと狂犬病ウイルスをモデルに用い、研究を実施した。モノネガウイルスは、Lタンパク質というウイルスポリメラーゼを持っている。Lタンパク質は、大きく分けて5つの機能ドメインを持っており、それらが適切な配置を取ることにより、初めてポリメラーゼの活性が発揮され、ウイルスゲノムの転写や複製が起こると考えられている。研究チームは、それら機能ドメインをつなぎ合わせるループ構造領域のひとつに、マグネットという光スイッチタンパク質を導入した。
ウイルスベクターを接種し、青色光の照射を受けたマウスのがんが縮小
研究グループは今回、ウイルスの遺伝子発現を視覚的に観察するため、緑色蛍光タンパク質(Green fluorescent protein: GFP)を発現するウイルスベクターを使用。Lタンパク質内部にマグネットを持ったウイルスは、青色光の照射を受けている時にだけ、遺伝子発現が起こり、増殖することできた。これにより、ウイルスの遺伝子発現と増殖は、GFPの蛍光で確認可能となった。
次に、同ウイルスベクターの光依存的な遺伝子発現と増殖をさらに実証すため、ウイルスベクターを感染させた細胞の培養皿の底をアルファベット型のスリットを入れた黒ビニールテープで覆い、下から青色光を照射してウイルスベクター感染細胞を培養した。その結果、数日後には青色光の照射を受けている部分でだけウイルスベクター遺伝子の発現が起こり、アルファベットが GFP蛍光の文字として浮かび上がった。さらに、担がんマウスを用いて、同ウイルスベクターの腫瘍に対する効果を解析してみると、同ウイルスベクターを接種し、青色光の照射を受けたマウスでのみ、急激な腫瘍の縮小が確認された。
ウイルスベクターの遺伝子発現や増殖を意図的に操作できれば、その利便性や安全性は飛躍的に向上する。研究グループは、「ウイルスベクターは、再生医療分野、遺伝子治療分野、がん治療分野において不可欠なツールであり、それらの分野における革新的ツールとなることが期待できる。今後は、分子生物学、細胞生物学の研究用ツールとして、新たなワクチン開発の応用として、さらには、畜産や農業分野においても、同技術が活用されることが期待される」と、述べている。
▼関連リンク
・東京大学医科学研究所 プレスリリース