大脳皮質-視床神経回路が唯一の生成部位と考えられていた欠神発作
理化学研究所(理研)は5月16日、てんかんの「欠神発作」が引き起こされる新たな神経回路を発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー、宮本浩行研究員(研究当時)、立川哲也研究員らの共同研究グループによるもの。研究成果は、英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
欠神発作は、意識消失を示すてんかん発作のひとつ。欠神発作時には、棘徐波(SWD)と呼ばれる特徴的な脳波が観察される。これまで、欠神発作の生成部位は大脳皮質-視床神経回路であるとされ、大脳基底核は単にそれを修飾する(欠神発作発生後に逆に発作を抑制する)ものと考えられてきていた。また、動物モデルにおいては大脳皮質興奮性神経細胞の機能低下も観察されていたが、その役割は明らかにされていなかった。
大脳皮質から大脳基底核への興奮性入力の低下により、欠神発作が発生
研究グループはまず、Scn2aヘテロ欠損マウスと同様に、Stxbp1ヘテロ欠損マウスでもSWDを伴う欠神発作などのてんかん発作が見られることを確認。このSWDは、特に大脳皮質と線条体(大脳基底核の一部)で強く観察された。さらに、大脳皮質、線条体、視床の機能を薬剤で抑制するとSWDが止まったことから、これらの脳領域が欠神発作の発生に深く関わっていることが判明した。また逆に、線条体を活性化すると、SWDが再現された。これらマウスの欠神発作は、治療によく用いられる抗てんかん薬のエソスクシミドを用いると、効率よく抑制されることも分かった。
また、大脳皮質の興奮性神経細胞のみでScn2aもしくはStxbp1をヘテロ欠損させたマウスでは欠神発作が見られたのに対し、抑制性神経細胞のみでヘテロ欠損させたマウスでは見られなかった。この結果から、欠神発作の原因が、他のてんかんでしばしば報告されている抑制性神経細胞の機能低下ではなく、興奮性神経細胞の機能の低下にあることが示唆された。
さらに、(1)Stxbp1ヘテロ欠損マウスの線条体では、脳神経細胞を興奮させる神経伝達物質のグルタミン酸の放出は低下しているが、興奮を抑制するGABA(ガンマアミノ酪酸)の放出低下は見られないこと、(2)同マウスにおいて、大脳皮質から線条体への興奮性神経伝達を亢進させるとSWDは止まるが、大脳皮質から視床への興奮性神経伝達を亢進させても止まらないこと、(3)大脳皮質ー線条体投射神経細胞でStxbp1もしくはScn2aを欠損させるとSWDが見られるが、大脳皮質ー視床投射神経細胞で欠損させてもSWDは見られないことを見出した。これらのことから、「大脳皮質から線条体への興奮性神経伝達の低下が、欠神発作を引き起こすこと」が、明らかになった。
加えて、(4)Stxbp1ヘテロ欠損マウスの線条体では、中型有棘細胞(MSN)ではなく高頻度発火抑制性神経細胞(FSI細胞)において、興奮性入力の大幅な低下が見られること、(5)野生型マウスで、薬剤を用いて線条体FSI細胞への興奮性入力を特異的に抑えると、用量依存的に欠神発作、ミオクロニー発作、ジストニア、強直間代発作が生じること、(6)Stxbp1ヘテロ欠損マウスの線条体FSI細胞の発火を特異的に亢進させるとSWDが止まること、(7)Stxbp1ヘテロ欠損マウスの線条体FSI細胞で、SWDの発生に一致して発火の一時的低下が見られることも判明。これらのことから、「大脳皮質から線条体FSI細胞への興奮性入力の低下が、SWDを引き起こしていること」が判明した。
研究グループは、今回の知見と、これまでに欠神てんかん動物モデルで報告された知見を組み合わせ、「大脳皮質ー大脳基底核(間接路)ー視床」を介する欠神発作の発症神経回路を提案した。加えて、多くの研究グループで長い間、典型的な欠神てんかんモデルとして研究されているGAERSラットにおいて、大脳皮質ー線条体の興奮性入力を亢進するとSWDが減少し、逆に抑制するとSWDが増加することを見出した。これらの結果は、大脳皮質ー大脳基底核ー視床を介する回路が、一般的な欠神てんかんの発症神経回路であることを示唆しているという。
ジストニアなどの運動障害疾患の理解にも広く寄与する可能性
今回の研究成果により、大脳皮質-視床回路が中心かつ唯一の欠神発作発生機構であるというこれまでの説に対し、大脳皮質から大脳基底核への興奮性入力の低下によって欠神発作が生じ得ることが明らかにされた。同発症回路が、STXBP1やSCN2A以外の遺伝子変異によって引き起こされるてんかんでも成り立つのか、どこまで一般化され得るのか、さらには、より重いてんかん発作にも同回路が役割を担っているのかなど、今後のさらなる解析が待たれる。
研究グループは、「本成果は、今まで想定されていた欠神発作のメカニズムに大きな転換を迫るとともに、今後、てんかんに対しての効果の高い治療法開発や、意識に関連する神経回路の理解、ジストニアなどの運動障害疾患の理解にも広く寄与すると期待できる」と、述べている。
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・理化学研究所(理研) プレスリリース