なぜ、神経幹細胞や神経前駆細胞は老化に伴い減少するのか
慶應義塾大学は5月10日、老化に伴う神経新生能低下の分子機構を解明したと発表した。この研究は、同大医学部生理学教室の加瀬義高助教、島崎琢也准教授、岡野栄之教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Stem Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
哺乳動物では、成体においても日々新たな神経細胞が産出されるが(神経新生)、その源の細胞である神経幹細胞や神経前駆細胞は老化に伴い減少し、神経新生が低下することが知られていた。しかし、なぜ神経幹細胞・前駆細胞が老化に伴い減少するのかは明らかになっていなかった。また、これまで報告されてきた神経幹細胞の活性化による神経再生研究では、直接、神経栄養因子を投与すること、または、移植した間葉系幹細胞からの神経栄養因子分泌により神経再生を試みていたが、治療後長期にわたってどのような弊害が出てくるのか不明という懸念があった。
p38が加齢による神経前駆細胞の自己増殖能低下の原因遺伝子と判明
研究グループは今回、加齢による神経前駆細胞の自己増殖能低下の原因遺伝子としてp38を同定した。さらに、老化個体の側脳室脳室下帯においてp38を強制発現させることで、神経前駆細胞を活性化させ、前駆細胞の自己増殖、および神経新生を引き起こすことに成功した。
これまでは、脳内栄養因子や細胞分裂周期に関わる遺伝子の操作により、神経幹細胞の活性化を行って神経再生を誘導する手法が用いられ、神経幹細胞が細胞分裂を繰り返すことによって、神経幹細胞の枯渇を招くことが示唆されてきた。一方、今回の、p38の発現を維持させることによる神経新生を促す新規手法では、神経幹細胞に作用させることなく、神経前駆細胞のみに自己増殖を促進する効果があるとの結果が得られ、同手法により神経幹細胞の枯渇を招くことはないことも明らかとなった。
p38の強制発現で、老化による脳萎縮を部分的に防ぐことに成功
実際に、p38を6か月齢のマウス側脳室脳室下帯で強制発現させたところ、開始1年後に神経幹細胞の枯渇はみられず、老化個体脳実質の萎縮により引き起こされる側脳室の拡大を防ぐことに成功した。これにより、同手法が長期にわたり神経新生を促進可能であることがわかった。
神経幹細胞の活性化に着目した既存の治療研究では、長期にわたる神経新生促進を確認したものはなく、今回の研究のように神経前駆細胞に着眼し、神経幹細胞の枯渇なしに再生に成功している報告はなかった。今回得られた神経前駆細胞の自己増殖能活性化に関する基礎的知見は、将来にわたる安全で有効な神経再生医療を実現させる上で重要な知見となるもの。今後、脳梗塞などの脳血管障害に加え、認知症、うつ病などの神経減少が原因となっているさまざまな疾患での神経新生へ応用が期待されると研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース