安全な体細胞初期化技術の開発が望まれている
東京大学医科学研究所は5月7日、マウスおよびヒトのiPS細胞樹立過程をDNAメチル化に着目して解析し、体細胞初期化過程において特定のインプリント制御領域にDNAメチル化異常が起こりうることを示したと発表した。この研究は、同大医科学研究所システム疾患モデル研究センター先進病態モデル研究分野の山田泰広教授、京都大学iPS細胞研究所未来生命科学開拓部門の山本拓也准教授、ハーバード大学リサーチフェローの八木正樹研究員(研究当時:東京大学医科学研究所助教)らによるもの。研究成果は、「Stem Cell Reports」で公開されている。
画像はリリースより
体細胞から多能性幹細胞への初期化過程において、DNAメチル化状態が大きく変化することが分かっていたが、CpGアイランドやインプリント制御領域のDNAメチル化状態がどのように変化するかは不明だった。研究グループはこれまでに、マウス胚性幹細胞において培養条件がインプリント制御領域のDNAメチル化状態に影響を与え、多能性幹細胞の個体発生能の低下を引き起こすことを報告している。
iPS細胞作製技術は再生医療のみならず、老化細胞を含む細胞の運命制御に応用しうることが示唆されている。体細胞初期化過程におけるインプリント制御領域のDNAメチル化状態の安定性を明らかにすることにより、安全な体細胞初期化技術の開発が望まれている。そこで今回の研究では、体細胞初期化過程でのCpGアイランドやインプリント制御領域におけるDNAメチル化制御の態様の理解を目指した。
体細胞初期化過程でインプリント制御領域にDNAメチル化異常
研究グループはまず、体細胞初期化過程の後期で生じうるインプリント制御領域のメチル化異常の同定を行った。マウス体細胞からナイーブ型iPS細胞およびプライム型iEpiS細胞を樹立し、網羅的にDNAメチル化状態を調べた。その結果、CpGアイランドおよびインプリント制御領域の多くは正常なDNAメチル化状態を維持していたが、一部のインプリント制御領域において高いDNAメチル化レベルを示すことが分かった。これらインプリント制御領域における高メチル化は、体細胞初期化の後期で起きていた。ヒトiPS細胞でも同様にインプリント制御領域のメチル化変動が観察されたが、株間における差も認められた。また、ヒトiPS細胞におけるインプリント制御領域のメチル化変動はiPS細胞樹立方法やiPS細胞の由来となる体細胞の種類には依存しないとわかった。
次に、異常を起こさない細胞初期化方法の開発に成功した。体細胞初期化に伴うインプリント制御領域の異常は高メチル化状態として現れることから、メチル基転移酵素Dnmt3aの機能に着目し、インプリント制御領域のメチル化異常を回避する手段の探索を行った。結果、Dnmt3aの機能抑制を行い作製したマウスiPS細胞、iEpiS細胞およびヒトiPS細胞は正常なインプリント制御領域のメチル化状態を有することがわかった。したがって、Dnmt3aの機能阻害は、正常なインプリントを有する多能性幹細胞樹立に有効であると考えられた。
小児がんでもインプリント制御領域のDNAメチル化異常を同定
最後に、小児がんにおける体細胞初期化と類似したDNAメチル化異常の同定を行った。がんではCpGアイランドやインプリント制御領域のDNAメチル化異常が報告されているため、さまざながんにおけるDNAメチル化状態の解析を行った。結果、成人がんの多くでは広範なCpGアイランドの高メチル化が認められた一方、小児がんにおいてはCpGアイランドの低メチル化状態は維持されており、しかしながら複数のインプリント制御領域の高メチル化が認められた。このことから、小児がんは成人がんとは異なり、体細胞初期化に関連したDNAメチル化異常と類似した異常を有することが示唆された。
近年、細胞老化を伴う個体の機能低下がさまざまな疾患の発症に関与していることが明らかになってきている。iPS細胞作製技術は再生医療への応用のみならず、細胞老化の制御にも応用できることが示唆されている。今回の研究成果は、安全な細胞運命制御技術の開発に貢献することが期待されると研究グループは述べている。
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