糖尿病患者のうち約30%で発症する「糖尿病性腎臓病」
東北大学は4月24日、フェニル硫酸(PS)が糖尿病性腎臓病の原因因子かつ予測マーカーとなり得ることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科および同大学院医工学研究科病態液性制御学分野の阿部高明教授らが、同大学院薬学研究科の富岡佳久教授、同東北メディカル・メガバンク機構の寳澤篤教授、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の和田淳教授らの研究グループと共同で行ったもの。研究成果は「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
糖尿病性腎臓病は、全国に約1000万人いる糖尿病患者のうち約30%で発症し、末期腎不全における透析治療の導入が必要な疾患。現在、透析を受けている患者は34万人に上る。また、1人あたり年間500万円かかることから、医療経済の面からも大きな問題となっている。この問題を解決するには早い段階から透析導入を予防することが極めて重要であり、厚労省は各地方自治体に「糖尿病性腎症進行予防対策プログラム」の策定を進めている。しかし、既存の検査項目では、どの患者が糖尿病性腎臓病を発症するリスクが高いのか予測することが難しく、また、末期腎不全への進行を防ぐ有効な治療法も確立されていない。
フェニル硫酸値は糖尿病患者で高く、アルブミン尿に比例
研究グループは、ヒトの腎臓毒素排泄を模した遺伝子改変ラット(SLCO4C1ラット)を用いて、糖尿病性腎臓病の発症時に蓄積し、その排泄を促すことで病気の進行が抑えられる代謝物を網羅的に探索した。その結果、同疾患による腎障害に関わる重要な代謝物質としてPSを同定。PSは腎機能が悪化する前から糖尿病性腎臓病の野生型ラットの血液中に蓄積し、糖尿病性腎臓病の遺伝子改変ラットではその濃度が低下していた。また、野生型ラットにおける糖尿病性腎臓病では腎臓の濾過のふるいの目の役割をする腎臓の細胞(ポドサイト)や基底膜が障害され尿中アルブミンが増加するが、遺伝子改変ラットではポドサイトや基底膜の障害が減少して尿中アルブミンが低下した。そこで、フェニル硫酸をさまざまな糖尿病性腎臓病モデルマウスに経口投与したところ、全ての糖尿病性腎臓病モデルでフェニル硫酸の投与によりアルブミン尿が増加し、ポドサイトや基底膜が障害された。さらに、このフェニル硫酸のポドサイト障害は、細胞のエネルギーを生産するミトコンドリアに対する毒性によって生じることが明らかになった。
次に、岡山大学と共同で実際の糖尿病患者(362人)の臨床データ(U-CARE研究)と血中フェニル硫酸の関係を追跡調査したところ、フェニル硫酸は糖尿病患者で高く、その値はアルブミン尿に比例すること、また、糖尿病性腎臓病患者のなかでも治療において重要な介入時期とされている微量アルブミン尿期の患者では、フェニル硫酸が腎機能や血糖と独立して2年後のアルブミン尿増悪と相関する因子であることが明らかになった。
TPL阻害剤が副作用の少ない安全な治療法になり得る可能性
さらに、フェニル硫酸を低下させることがアルブミン尿や腎機能の改善をもたらすかどうか検討した。フェニル硫酸は、腸内細菌が持つチロシン・フェノールリアーゼ(TPL)という酵素によってアミノ酸のひとつであるチロシンがフェノールに変換された後、体内に取り込まれ肝臓でフェニル硫酸に変換されてできる。そこで、糖尿病モデルマウスにTPL阻害剤(2-AZA-チロシン、2-AZA)を経口投与した結果、糖尿病モデルマウスの血中フェニル硫酸濃度が下がり、アルブミン尿が減少。さらに、腎不全マウスに2-AZAを投与したところ、血中フェニル硫酸濃度が下がったと同時に、腎不全が改善することを明らかにした。この結果はTPL阻害剤が糖尿病性腎臓病だけでなく、腎不全においても有効な治療法であることを示唆するもの。
腸内細菌叢を変化させると下痢などの副作用が起きることが知られているが、2-AZAを投与しても腸内細菌叢を大きく変化させないことから、TPL阻害剤は副作用が少ない安全な治療法になり得ることが考えられるという。
なお、今回の研究は2018年12月に設立された”東北大学オープンイノベーション戦略機構”の第一号案件に選定されている。
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