意欲行動開始(やる気)ではなく、意欲行動の持続(根気)に着目
慶應義塾大学は4月16日、マウスを用いた実験により、目標を達成するまで粘り強く行動を続けるには腹側海馬の活動低下が必須であること、その活動低下はセロトニン神経の活動増加が引き起こすことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部精神・神経科学教室の田中謙二准教授の研究グループによるもの。研究成果は、神経科学分野の専門誌「Nature Neuroscience」オンライン版に4月15日付で公開された。
画像はリリースより
意欲的に物事に取り組む、という意欲行動の背景には、目標を設定してはじめの一歩を踏み出すことと、目標の達成まで行動を継続することの 2つがある。目標をもって行動を開始するには「やる気」が必要で、目標達成まで粘り強く行動を続ける「根気」が必要とされる。これまで、意欲行動の開始に関わる脳内メカニズムについて多くの研究が行われてきたが、この意欲行動を持続させる「根気」について詳細に行われた研究はなく、その脳内メカニズムは未解明だった。
意欲行動の持続には、腹側海馬神経細胞の活動抑制が必須
研究グループはまず、「根気」を定量する実験系をマウスで確立。レバーを複数押せばエサがもらえることをマウスに学習させ、食事制限により、エサを食べたいという「目標」を持たせた。制限時間内に、設定回数レバーを押せれば「成功」、設定回数までレバーを押し続ける根気が続かず制限時間を迎えた場合「失敗」とし、エサを獲得できた成功確率により「根気」を評価した。設定回数5回での成功確率は95%、10回では73%、20回では50%と、難易度に応じて成功確率は下がることが確認された。
次に研究グループは、不安が高まると活動が高まる腹側海馬に注目。意欲行動の継続と腹側海馬活動の関係を調べた。海馬神経細胞特異的にカルシウム蛍光プローブを発現する遺伝子改変マウスを用い、課題中に腹側海馬神経細胞の活動を計測した。その結果、施行開始から徐々に腹側海馬神経活動が下がり始め、レバー押し開始から終了まで、腹側海馬の活動抑制が持続した。5回よりも20回のレバー押しの方が、時間がかかるが、成功トライアルでは共通して腹側海馬の活動抑制が行動完遂まで持続した。一方、失敗トライアルでは、腹側海馬の活動抑制が解除され、ベースラインに戻ったという。
また、腹側海馬の神経活動を人為的変化させた影響により起こる行動の変化を調べた。5回のレバー押しでエサがもらえる課題において、レバー押し行動中に腹側海馬神経細胞を人為的に興奮させ、活動抑制を解除したところ、成功確率が95%から80%へ下がった。反対に、10回、20回のレバー押しでエサがもらえる課題において、レバー押し行動中に腹側海馬の活動を人為的に抑制し、本来備わる抑制作用をさらに亢進させたところ、成功確率が73%から90%、50%から83%へとそれぞれ上昇した。このことから、腹側海馬神経細胞の活動抑制が意欲行動の持続に必須であることが判明した。
正中縫線核セロトニン神経活性化が、腹側海馬を抑制
さらに、意欲行動の持続中に生じる腹側海馬の活動抑制に、セロトニン神経が関与するかを調べた結果、レバー押し中に正中縫線核(せいちゅうほうせんかく)セロトニン神経が活性化することが判明。加えて、腹側海馬の活動抑制は、セロトニン神経の活動亢進によってもたらされることも判明した。このことから、「根気」を生み出す腹側海馬の抑制は、正中縫線核セロトニン神経活性化によって生じていることが明らかになった。
今回の研究によって、意欲行動の開始とその継続は、それぞれ異なる脳領域・神経細胞によって制御されていることが明らかになった。さまざまな精神・神経疾患で生じる意欲低下は、頻度の高い症状である。例えば、うつ病の治療で定期的にクリニックに通い続ける「根気」が続かず、認知行動療法を受けることができないケースにどのような介入ができるかなど、新しい研究の切り口によって、画期的な治療法につながることが期待されると研究グループは述べている。
▼関連リンク
・慶應義塾大学 プレスリリース